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ヤザン・リガミリティア

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獣と龍と

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ヤザンがリガ・ミリティアにいる   作:さらさらへそヘアー

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獣と龍と

「隊長!ダメですって!」

 

「ウッソが一人で気張っているんだぞ!ここで出なきゃ俺の沽券に関わる!」

 

整備長のストライカーが止めるにも関わらずヤザンはヒビさえ入ったキャノピーに飛び乗ると、V2一号機に火を入れた。

ヤザンの性格を知るストライカーは、もう止める事は出来ないと悟りつつも、それでも必死に食いついた。

尊敬する男をこのように危険な状態になったMSに乗せるなど、整備士としてのプライドに関わるし、何より一人の友人としてさせたくない。

 

「あんな瓦礫が無防備に直撃したんですよ!

そんなに歪んだフレームじゃミノフスキー・ドライブの圧力が上がったら耐えられません!

他にもどんな不具合が出ているか…!他のMSででてください!

リガ・シャッコーはまだ空いてます!」

 

「敵は姿を見せない狙撃野郎だ。

それがどれ程とんでもない距離からの攻撃か分かるだろう、ストライカー。

リーンホースが出れない今、V2の機動力とフライトレンジでなきゃ敵の前にすりゃ行けんぜ!

こいつが必要なんだよ!」

 

V2が上体を起こしていく。

そうする事でよりハッキリと、リガ・ミリティアの自慢の最新型MSは見るからに痛々しいのが分かった。

無残な程に、脇腹から襟、そしてウィングバインダーまでの装甲が歪んでいるのが見える。

 

「隊長!!お願いです、降りてください!!

あんたの沽券だって言うなら、隊長の行為は俺の沽券に関わるんだっ!!」

 

「許せ、ストライカー!今度奢ってやる!」

 

「隊長!!!」

 

今にもV2の足にすがりつきそうなストライカーを、クッフを筆頭とした何人かの整備クルーが全力で止める。

ストライカーのガタイは良いものだから、クッフらも必死だ。

 

「メカニックは離れろ!V2、出るぞ!」

 

ウッソが通った道をヤザンもゆく。

もう一人前と認めてはいるが、何をどう言ってもやはりまだ子供だ。

ヤザン・ゲーブルは、あんな子供一人に全てを押し付けて知らん顔をするような、そういう情けない大人でいたくはなかった。

 

(ガキに俺達大人の尻拭いをさせるなんざ、赤っ恥もいいとこだぜ…!)

 

起動画面の自己診断プログラムさえが、少なくない項目でレッドを示し、今すぐの整備分解を要求している。

それでもヤザンはMSに活を入れて飛び立たせるのだ。

 

「ウッソ、俺の分を残しておけよォ…!」

 

二羽目の鳥が巣より飛ぶ。

だが、この二羽目は見た目は同じでもまるで中身が違う。

この鳥は獣だ。

敵の臓腑までを食い破ろうというケダモノであった。

 

――Piii!Piii!Piii!

 

飛んだだけで全天周囲モニターの片隅に表示されている計器類が真っ赤な金切り声を上げている。

IFマニホールドゲージ、回転トルク、MDメガ粒子排出率…全ての数値がおかしな事になっているのがひと目で分かる。

しかしそれでもヤザンはフットペダルをベタ踏みし、グングンと加速を続けた。

エンジンの異音がコクピットチャンバーに響く。

 

「…チッ、やはりこの距離じゃコイツに乗って正解か…!」

 

ギシギシと悲鳴を上げ続けるV2一号機を叱咤し続けながらヤザンはコクピット内で悪態をついた。

他のMSならば…たとえ最新機のリガ・シャッコーであろうと下手をすれば推進剤が切れてしまう程の距離を、すでにV2は飛んでいるのだ。

しかも通常加速ならば時間もかかる。

ウッソの救援と、ホラズムの防衛という意味で、ヤザンは傷んだV2を起こすしか道はなかった。

しかし無理をした甲斐はあったというものだ。

 

「光…!見つけたぜ!」

 

ヤザンが猛禽類のようにほくそ笑む。

月上空、暗闇の宇宙に次々と咲く光の華は、間違いなく戦闘の証。

望遠モニターでも点のように小さいが、見たことのある雷神が如きマシーンが、V2のシールドに食いついて動きを止めているのがヤザンには分かるというのは、ニュータイプ的な感覚の接続や幻視ではなく、もはや戦闘経験と野性的センスによる感なんとなくという奴で、ニュータイプや並のエース達からしたらそれこそニュータイプ以上に理不尽で強力なセンスであった。

さらにV2を加速させ、モニターの赤いアラームが激しくなっていく中で、ヤザンはV2のFCSが敵機を捉えると同時に引き金を引く。

 

「間抜けめ…!迂闊に戦場で機動兵器の足を止めるとはなァ!!」

 

ビームは真っ直ぐにゲンガオゾの腹を貫き、そのパイロットルペ・シノの肉体をこの世から瞬時に消滅させてしまった。

あまりにも性急で鋭い急襲は、ルペ・シノがウッソに執着し過ぎたのもあり、強化された人間に攻撃を察知させさせぬ程であったのだ。

 

「よぉ、ウッソ。一人で良く持ちこたえたな。褒めてやるぜ!」

 

「ヤザンさん!!!」

 

実際に二人は会話を交わしたわけではない。

ミノフスキー・ドライブ粒子は戦闘濃度まで高まっているし、ワイヤーで接触通信をしている余裕もない。

だが二人はMS越しに互いの笑う顔を見た気がした。

そして、

 

「ベスパの奴らめ、相変わらず良いセンスのMSを出してくる!

ウッソ、貴様はあの皿乗りをやれよ…!俺はこちらで我慢してやる!」

 

直ぐにヤザンは二匹の龍へと襲いかかった。

いつもならば美・味・そ・う・な・強敵は真っ先に貰い受ける所だが、今の自分ではそれは難しいとヤザンは理解している。

ゲンガオゾを討ち、1秒の間もなく踵を返してドラゴンドッゴーラへと向かったヤザンを見、ウッソも師のその動きから己の役目を理解する。

 

(僕はこのままあの鈴の音をやる!そういう事ですね、ヤザンさん!――…え?)

 

理解し、今にもキャノンを発射しようとするザンネックへ向かう寸前に、視界の端で見たV2一号機の様子にウッソは一瞬、円筒操縦桿を握る手が緩んだ。

 

「そんな!?ヤザンさん、その機体!」

 

ヤザンのV2の脇から背部にかけて明らかに損傷があり、しかも左側ウィングバインダーからは不安定なメガ粒子が多量のスパークと共に垂れ流れている。

いつ引火するかも分からず非常に危険な状態といえた。

 

「そうだ、そうだよ!ストライカーさんが言ってたじゃないか!V2一号機はダメだって!

なんで、ヤザンさん!…っ、クソ!僕は何を喜んでいるんだ!」

 

ウッソは喜んだ自分を殴りたい衝動に駆られ、そして次の瞬間、頭をブンブンと振って忙しく思考を切り替えていった。

理性のコントロールは、幼き頃からハンゲルグとミューラに教え込まれている。

 

(あれしか方法は無かったって事だろ、ウッソ!なら、一秒でも速く決めるしかないんだ!)

 

確かにヤザンの選択は最善手だ。

この驚異的な4機のマシーン相手には、自分一人では詰みであった。

最速で増援に駆けつけるにはコレしか無く、またウッソでも同じ方法をとったろう。

実際、ヤザンが並の機体で駆けつけていれば時間的猶予は有りえず、ウッソは今頃宇宙の塵になっていたはずだ。

 

「鈴の音の奴…!さっさと沈めぇ!!」

 

ウッソはビームライフルを連射しつつザンネックへと立ち向かう。

 

「はん…私に向かってくるのは坊やかい。

なんでだい、ヤザン…なんで私に来ない?

腹ただしいねぇ、坊やを私に差し向けるなんてさ!」

 

ファラは一人唇を噛んだ。

求める男が折角目の前までやって来たというのに、彼は自分に見向きもせずにブロッホとピピニーデンくだらぬ人間にうつつを抜かすのは許せない事であった。

 

「ただのビームがこのザンネックに効くはずがないだろう?」

 

噛み締めていた唇を歯から解き放ち、薄っすらと笑う。

赤い唇がファラの美しい顔を血のように彩っていて、その美しさはいっそ魔女のようでもあった。

ザンネックは回避行動すらとる必要はない。

ザンネックの〝大皿SFS〟は単独による大気圏突入・離脱能力、1G環境下での長時間高速飛行、そして強力なIフィールドすら搭載されているのだ。

宇宙世紀の技術の進歩は恐ろしいもので、その飛行能力は大気圏内ではマッハを凌駕し、防御性能では並のビーム兵器を寄せ付けない。

ファラ・グリフォンは笑う。

 

「ははははは!そうら三日月のブーフゥが笑っているよ!

ザンネックの鈴が坊やのお友達を狙っている!!

ヤザン!!お前が来ないからこうなるのさ!!」

 

ザンネック・キャノンの収束はなされ、赤い閃光が迸るとV2の視界を赤いフラッシュが覆い尽くした。

ホラズムを確実に狙う最悪の一撃が放たれたが、しかしウッソはもう動じなかった。

ヤザンが道を開いてくれた今、それへの対処は既に理解できているのだ。

 

「光の翼これならば!」

 

V2の両肘を思い切り背部へと押し、腕部シールド発生機となっているその肘先をウィングバインダーへと近づけ、そしてシールドを形成するIフィールドへと光の翼のメガ粒子を取・り・込・ん・だ・。

そうすることで背の翼を前面へと引っ張り込み、展開する。

それは安定していないメガ粒子の激流であるが故に、莫大とはいえ収束したザンネック・キャノンの威力に抗えるのだ。

 

「っ!チィ!?坊やァ、可愛いよ…!健気に守って、そんなに自分から殺されたいか!」

 

収束された一筋の赤い閃光は、光の翼の濁流によって散らされて、月表面に新たな無数のクレーターを作り、そして上空にそれた残りの赤い筋は無限の暗闇に消えていってしまった。

ファラは不機嫌な顔となって、邪魔者を先に始末してやろうとターゲットを再度切り替える。

先程からコロコロとターゲットを変え一貫性がないように見えるが、それは強化の弊害による不安定さではなく、寧ろクレバーさの現れだ。

その時々で、目標に固執せずに狙えるモノを狙い、撃滅する。

それが今のファラ・グリフォンであった。

 

「ふふ…!この一対一でこの私に勝てるものか」

 

「く…この気配が、あのお姉さんからのものなの!?これが…プレッシャーって奴なんだ…!」

 

ザンネックの装甲を徹して、ウッソに染みてきそうな妖しき圧力に少年はすっかり気圧されるが、それでも退く事など有り得ない。

オーラによって巨大にさえ見えてきたザンネックに少年は立ち向かう。

 

「ヤザンさんがあの尻尾付きを抑えてくれている間に…決めてみせる!」

 

「来なよ、坊や!」

 

ザンネックの目が煌々と赤く光る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 



 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

蛇だか龍だかの巨大なMAがトグロを巻く。

そして一気に巨体を伸ばすとその加速のままにヤザンのV2へと襲いかかる。

 

「こちらの新型は損傷しているだと?

なるほどな…強化人間の砲撃はかなり役に立っているらしい!」

 

先にピピニーデン機をけしかけて様子見と洒落込んでいるブロッホは、唇の片側だけを釣り上げて笑う。

様子見のお陰でドッゴーラのマルチセンサーは、既にリガ・ミリティアの新型の泣き所を見て取った。

胴体にもバックパックにも装甲の凹みがあり、しかも左側ウィング型ブースターと思しきユニットからは損傷の火花すら散る。

 

「クククッ!バックパックの左ブースター…すでに火を吹いているじゃあないか!

欠陥機でこのドッゴーラに勝てるものかよ!」

 

長大な尻尾を高速でしならせ、その高速運動中に10基のビーム砲を乱射した。

10連射のビーム砲とは通常ならばそれだけで通常のMS数機分の弾幕となるが、そこに縦横無尽の鞭のような動きが加われば並のパイロットならば驚く内に死んでいるだろう。

だが、

 

「な、なにぃ!?」

 

仕掛けたブロッホの方が驚き、そして空恐ろしさを感じていた。

 

「弾幕に自分から向かって、避けるだと!!」

 

破損状態の敵新型は弾幕に自ら飛び込むと、あっという間にブロッホの懐に迫ってみせた。

 

「貴様ぁ…!こ、この俺を舐めるなよ!」

 

強気に言うブロッホだが、その岩のような鼻筋には冷や汗が吹き出して流れる。

ドッゴーラは通常兵装としてビームサーベルを持たないが、腕部のビームガンをIフィールドによって留めることで即席のサーベルを形成できる。

両腕からの二刀流で、向かってくるガンダムタイプを迎え撃つブロッホ。

片腕のサーベルを振りかざし、もう片腕のサーベルは深く引いて突きの体勢。そして両刃を高速で見舞うのだ。

 

「そこだ!」

 

「ハッハッハ…!まるで子供の間合いだな!」

 

振り下ろされるサーベルを、ヤザンは光刃同士の一瞬の鍔迫り合いで捌き流し、突きの一撃は脇腹を少しばかりずらしてスレスレに避け、次いで手首をがっちりとアームロックをしてしまう。

そして機体が触れ合ったのを幸いにヤザンは皮肉たっぷりに相手を挑発すれば、案の定相手ブロッホは怒りを見せた。

 

「子供だと!?この俺に対して!」

 

「フハハハっ!」

 

「…っ!こ、この機体、小さいくせしてこのドッゴーラを抑え込むパワーなのか!?」

 

「伊達に新型じゃないんだよ!」

 

ドッゴーラの腕を締め上げ軋ませる。

ブロッホは長い尾と空いている片腕でV2を捉えようとするが…。

 

「くっ、ちょこまかと!」

 

巧みにそれらを避けるV2。

ブロッホも下手をすれば自機のコクピットブロックを潰してしまうからビームも使えず、殴打狙いの攻撃はどうしても甘く、そのような狙い方では野獣が如き男は殺れはしないのは当たり前だった。

 

「図体は死角だらけだなァ!ハッ!貰ったぜ!」

 

勝ち誇り、ヤザンがV2にビームサーベルを逆手で構えさせ、一気に胴体に突き刺そうとした…その時。

 

「っ!なに!?キューブだと!」

 

ヤザンの視界のずっと端…もはや後方とすら思える角度から迫る〝物体〟をヤザンは捉えて、そして一瞬にしてその場から飛び去る。

〝物体〟は四角い立方体のそのベスパオレンジのブロックキューブ。

そいつの、ヤザンへの空振りの体当たりは、ブロッホのドッゴーラにしこたま命中した後に、まるで意思を持っているかのように再度V2を追跡しだす。

 

「ホーミングするブロックというのか!あの色…もう一機の尻尾付きの仕業のようだが…」

 

ノーマルな人間の視野を遥かに上回るヤザンがグリグリと目玉を動かしてモニター中を確認すれば、その四角い立方体はそこらの宇宙に浮かんで、そしてやはり意思を持ってヤザンを追跡してくる。

攻撃とは相手の意表を突くことが最も重要で効果的だ。

今、ヤザンが不気味なブロック達による包囲網から逃げ回っているのは、このブロックがどういう挙動をし、そしてどういう攻撃をしてくるのか、というのを見極めたいが為。

虚を突かれるのは最も避けるべきだった。

 

「ちょろちょろと!」

 

軽く舌を打ちながらヤザンが独り毒づく。

ヤザンが虚を突かれるのを嫌ったように、自分がされて嫌なことをするのが戦場だから、ヤザンは相手の意表を突いて一瞬で間合いを詰めてビームサーベルをコックピットに突き立てる…その寸前までいった。

絶好の勝利の手を潰されたのだから多少なりともイラつきはする。

しかもベスパオレンジの大型MA本体までもヤザンに纏わりつけば、中々思うようには戦わせてもらえない。

 

「…感じる…!お前の存在を感じるぞ!私の全身をピリつかせる獣の吐息だ…!!お前なのだろう、ヤザン・ゲーブル!」

 

ヤザンをイラつかせるMAのパイロット、アルベオ・ピピニーデンは、目を見開いてモニターに映るガンダムタイプを凝視し、今までの寡黙さが嘘のように饒舌となって気分を高揚させてていた。

ベスパオレンジのドッゴーラが、長い尾をたなびかせながら高速でヤザンへ迫る。

その様は黒い海を掻き分けて進む龍か蛇そのものだ。

 

「その軌道の素直さは見覚えがある…あの時の曲芸師か!?」

 

ベスパのピピニーデンサーカスと言えば多少はリガ・ミリティアにも知られていた名物パイロットであり前線指揮官であるし、ヤザンは何度か交戦した経験から巨大MAを駆るパイロットをずばり当ててみせた。

 

「ならば!」

 

そうくると敵の挙動の癖を思い出してやれば戦いはぐっとこちらに傾く。

ヤザンは右にフェイントのビームを放ち、そして敵が回避するより前にMAの斜め前へとビームライフルの先撃ち。

 

「っ!?ヤザン!!くはははははっ!やはり恐ろしい奴!しかし私ももう以前とは違うっ!!」

 

ドッゴーラの尾の付け根に吸い込まれていったV2のビームが、だが当たる直前に虚空を貫いた。

 

「なんだァ!?バラけた!」

 

さすがにヤザンもそれには少し驚く。

ドッゴーラが胴部と尾を切り離し、そしてトカゲの尻尾切りの如く離れた尾はグネグネと動いて、まるで別の生き物のように蛇行運動で宇宙を泳ぐと、その直後に爆発するかのよに勢いよく尾がバラバラになったのだ。

ヤザンもある程度は(あのブロックは尾から切り離したパーツでは)とあたりをつけていはしたが、まさか尾の全てのブロックが分解し、それぞれが動き出すとは思わない。

 

「サイコミュのオールレンジ攻撃…!」

 

敵にとってはハエのように不愉快かつ不規則な高速軌道で、ドッゴーラ達とブロックによる包囲網の網の目を掻い潜り続けるヤザンは巧みに無数のブロックの体当たりを掻い潜り続ける。

 

「フン…ただ目立つだけのデカイ箱が追尾するだけかァ!?

手品の種が割れればくだらんもんだぜ!

曲芸師から手品師に鞍替えしたところでなぁ!ハハハハハッ!」

 

V2を包囲し、高速の体当たりを敢行し続けるブロックを一つ、また一つと撃ち落とし、切り落とす。ファンネル全盛期を潜り抜けたヤザンであるからこの程度の芸当はわけもない。

ピピニーデンはその目を歪な弧にしてモニター越しにヤザンを睨む。

 

「ドッゴーラのビットを撃ち落とす…!?ぬ、ぅぅぅ!私の動きを読むなぁ!!」

 

「お前の動きは素直だと言ったろう!!」

 

まるで会話の疎通が成っているかのように互いにコクピット内で言葉を漏らす。

 

「私は!私は生まれ変わったのだよ!私はすでにニュータイプのはずだ!

なのにティターンズの亡霊如きが…ニュータイプの真似事をするのは不愉快だ!

貴様は古びた地球人のはずだろう!そうでなくてはならないっ…だから、私の動きを読むのは間違っているのだ!」

 

ブロックビットを高速で左右上下から突っ込ませる。

ドッゴーラの腕部ビームを猛射する。

ミサイルを龍が吐き出す。

次々とピピニーデンは攻撃を繰り出してその手を休める事をしない。

ヤザンを常に後手後手に回し、防御一辺倒にしたいという思惑。

そして未だ100以上浮遊するブロックの包囲網を徐々に狭めて、V2の動きを物理的に制限していく。

 

「ふふっ、そうだよ!その姿だ!

貴様はそのブロックビットの包囲網の中で、檻の中のケダモノのように死んでいきたまえ、ヤザン・ゲーブル!」

 

ピピニーデンは笑い、しかしヤザンもまた不敵な笑みを崩してはいない。

 

「こんなくだらん事が貴様の狙いか、手品師ペテン師野郎め。

ネタ切れの手品師にゃこのあたりでご退場って所だな!このV2の機動性なら突破は…――ッ、なに!?」

 

その時V2が大きく揺れた。

サブモニターに表示されるメッセージはエラーを吐き出し、機器の警告灯に赤が灯る。

ヤザンの戦場の眼経験と勘はピピニーデンの包囲網の出口への道筋を即座に見抜き、しかもピピニーデンを殺す道筋までをも野生の勘は嗅ぎ取っていた。

本能が勝ちへの手順を示せば、後は徹底的にカラダに染み付かせたパイロットの反復操作がヤザンを勝手に動かした。

そして後はその道筋を臭いを辿る猟犬の如く駆け抜けるだけ…その筈だったが、そこでV2に無理をさせた事が祟る。

左ウィングバインダーが吹き飛んだ。

内部から噴き上がってくる圧倒的エネルギーに、ダメージを負った機構が耐えられなかったのだ。

 

「くっ、とうとう来たか!」

 

損傷を負った初陣で酷使されたV2は健闘したと言えたが、それでも、またもあと一歩で敵を仕留め損なう。

しかも今度は己が敵の攻囲を突破する道筋までが消え失せていて、ヤザンの経験と勘を持ってしても再度の突破口の発見は未だならない。

制御を失いかけたV2を素早く立て直した技量だけでも称賛ものだったが、ヤザンはそのまま左バインダーの全エネルギーをカットし、そして左側だけを各部アポジで持ち直させてバランスを保ち戦闘機動を続行してみせた。

 

(パワーを上げると機体が傾く!クソ…!一気に包囲網を抜けるのが難しくなりやがった!)

 

だが今のV2が発揮できるスピードも小回りも大きく限界を落としたものだから、ヤザンの苦しさは並ではない。

そしてそこに態勢を立て直したブロッホの青きドッゴーラまでもが再度去来すれば、ヤザンを襲うビームの嵐はより密度を増した。

 

「強化人間め、クックックッ、いい仕事をしたじゃないか」

 

「ブロッホ!?私の獲物を横取りしようだと!?」

 

突如乱入したもう1機のドッゴーラに、ピピニーデンは敵意を剥き出す。

ヤザンを追い詰めるブロックをサイコミュで操りながらも、ピピニーデンはドッゴーラの胴部をブロッホ機へ擦り当てるようにしてわざと追突。

そして接触通信でがなり立てる。

 

「私の獲物だぞ!!」

 

「く…!た、大尉、なにを!?

私の邪魔をするのですか!!」

 

「私の獲物だと言っている!貴様は私のアシストをしていればいい!」

 

(に、人形風情が…!!)

 

ブロッホのこめかみに青筋が浮かぶ。

そのまま怒りに身を任せてピピニーデンを攻撃してやろうかという思考すら刹那、芽生えるがブロッホは実直な軍人でもある。

怒りを唾と共に飲み込んで、己の任務を強く思い起こす。

 

「っ…わ、分かりました…では、私は支援に徹します。

大尉にお任せします!」

 

大人しく一歩引き、青いドッゴーラは距離を置いて漫然とした支援砲撃へと移行。

ピピニーデンはそれを満足気に見て、そしてヤザンのV2へと迫る。

ブロッホは唇を噛み締め、(馬鹿め…!二人でかかれば確実に倒せるものを!)そう思いつつもそれを見送れば、橙のドッゴーラがけたたましくV2へと激進し、そしてブロックによる包囲を確実に狭めながら、ヤザンを檻から逃さぬようビームガンで逃げ道を塞ぐ。

今、ピピニーデンは最高に気分が良い。

己に酔う。

 

「はははははっ!翼のもげた小鳥のようじゃないか、そのMSは!

これが!これが正しくあるべき姿なのだ!

私は貴様に負け続けて栄光を失ったが、ここで貴様を仕留めて再び私は名誉を手にする!」

 

ピピニーデンの感応が宇宙を漂うスウェッセムセルに乗り、そしてピピニーデンの指令を正しくブロック状のビット達へと伝達すれば高速でV2へ殺到するのだ。

上、下、右、左、そして前後までも、ヤザンの視界全てが巨大なブロック共に埋め尽くされる。

 

「舐めるなよ!俺がこんな積み木遊びでバテると思うのかよ!」

 

その瞬間、ヤザンはV2を分・解・した。

トップリム、ボトムリム、そしてコアファイター。

 

「ちぃぃ、そうか、リガ・ミリティアの白い奴はそういう小細工をする!」

 

「フハハッ!合体分離はもともとこっちガンダムの専売だからなァ!」

 

「包囲をすり抜ける!!?」

 

ヤザンはブロック達が一斉に動くのを待っていた。

包囲が広く散開していれば、MSよりも直線的な軌道を取らざるを得ないファイター形態ではすぐにブロックに捕捉されるだろう。

トップリムもボトムリムも、今の時代はミノフスキーコントロールとバイオコンピューターの補助によって非ニュータイプでも近距離ならば脳波コントロールによる無線操作が出来るが、それでも複雑な挙動には限度がある。

ブロック達が一斉にV2に向かってきたからこそ、その僅かな隙間を見出して、V2は小・さ・く・なって狭間をすり抜けられたのだ。

 

「後ろか!」

 

ドッゴーラの背後でそのまま高速合体、直後にビームライフルで威嚇したヤザンは、ドッゴーラが振り向くより速くその場を移動する。

 

「片翼でよくも動く!そこだ!」

 

ピピニーデンの脳内にニュートリノ的な刺激が走り、敵対者の殺気を受信し、そして動きを予知する。

予知した先へとブロックビットを差し向け、牽制。

ヤザンはブロック群に追われながら再度加速して、一頻りその宙域を飛び回り回避に務めると、今度は青いドッゴーラへと踵を返す。

 

「ヤザン・ゲーブル、こちらに来たか!

この俺の方が与し易いとでも思ったのかよ!」

 

ブロッホのドッゴーラが雷雲型のバルーンを吐き出し、そしてその身を後退させながら射撃を撒き散らす。

 

「その速さでは、もはや脅威ではない!

あのヤザン・ゲーブルの首は俺のものだ!!」

 

向こうから来たのだから、これはピピニーデンからの横取りにはならない。

ブロッホにとって伝説のティターンズのエースパイロット、ヤザン・ゲーブルはある種憧れの人でもある。

その首級を上げて大金星とすれば、まさに一生の誉だ。

しかし、V2は軌道を一気に下げて瞬時に下降してブロッホの射線から消え失せて、(消えた!)と、そう思うほどの急激な直角下降だった。

 

「し、しまった!ピピニーデンのビットが、俺のバルーンに!!」

 

そしてその挙動に対応出来なかった巨大なビット達は、そのまま高速で雷雲バルーンへと突撃し、そして派手な爆発を引き起こす。

 

「ピピニーデン人形め!ビットの制御もろくにできんのか!

何のための強化人間か!

くそっ、センサーが……ヤザンはどこだ!!」

 

四散しないまでも、爆炎に突っ込んだ幾らかのビットは火を噴き上げ小規模な爆発を繰り返しながら炎の隕石となってブロッホ機へと降り注ぎ、その熱源センサーを妨害してブロッホを大いに焦らせる。

V2は下降したのだから、という意識がブロッホの視線を下へと向けた。

だがヤザンは既にドッゴーラの下面を通り抜けて背後へといたのは、このマシーンの長所でもある長い尾がもたらす死角に沿って滑ったからだ。

 

「まずは一匹…もらったァ!!」

 

「っ!?う、後ろ――っ!!!」

 

ビームの熱線がブロッホという人間の物質を、短い断末魔の後にこの世から粉微塵に消滅させて後には彼の痕跡は何も残らない。

だがヤザンはそんな戦果は前菜であると言わんばかりに即座に視線を滑らせて動いた。

 

「次は貴様だ、ベスパカラー!」

 

「ブロッホがやられた!?

ビットまでがあんなに巻き込むとは、役立たずのオールドタイプが!

ブロッホめ、死ぬなら一人で死ねばいいものを!!」

 

だがまだビットの残りはざっと50以上。

ドッゴーラの長大な尾の全てのブロックを脳波コントロール可能なブロックビットとしてあるピピニーデン機は、往時のファンネルに比べれば的も大きくもっさりした動きしか出来ない。

だがそれでもその遅さを補って余りある〝数〟と、そして多少の爆発に巻き込まれようとも無事に稼働する堅牢性があった。

その無数のビットを操作してみせるピピニーデンも、やはりこの時代に相応しい強化人間といえた。

 

「その機体も限界だろう!」

 

V2の左バインダーから漏れるスパークがより大きくなっているのを見て、ピピニーデンは僚機をやられようとも変わらぬ自信を堅持している。

 

「やはり遅くなった!貴様の動きが見えるぞ、ヤザン!!」

 

宝珠ビーム・ガン付きのブロックビットを左右に散らし、牽制。

ちょろちょろ小蝿のように動き回るヤザンの動きを制限し、そのままビームの連射で片を付ける。そういう目算だ。

ヤザンはコクピットを貫かれて沈黙する青いドッゴーラを盾としつつ、その尾を引っ掴むと、それをV2のパワーでもって力任せに投げつける。

無論、その方向はピピニーデン機。

 

「邪魔ァ!!」

 

ピピニーデンがトリガーをベタ押しすれば、ドッゴーラは己に蓄えている攻撃的兵器の全ての火力を解放する。

恐ろしい弾幕だが、V2が消耗しているようにもはやドッゴーラも消耗している。

ミサイルも弾薬切れを起こし、長々と分離し単独行動していた宝珠ビーム付きのブロックビットはもう縮退メガ粒子残量は雀の涙だった。

飛んでくるデカブツの残骸を殲滅せしめるパワーは既に無く、ベスパカラーのドッゴーラはテールノズルに尾を引かせて迫る大質量を回避せざるを得ない。

そして案の定というべきか、回避方向には既にV2が待ち受けていた。

 

「そうくると思ったぞ!」

 

しかしピピニーデンとてヤザンとの戦いは初めてではない。

しかも以前よりも彼の反応速度も強化されていて、予知紛いの事までやってのけるから、ヤザンの動きは折込済みだった。

既に小脇に構えられたドッゴーラの右腕のビームガン砲口からはサーベルが形成されている。

 

「死ねぇ、ガンダム!!」

 

そう叫ぶピピニーデンの顔は、あのヤザンを上回ってやったという優越感と、強化された己のパワーを実感しての万能感を存分に浮かべて、人の愉悦的感情が剥き出された邪な笑みに見えた。

宇宙世紀に生きる者なら誰もが知るガンダムと、そしてそのMSを駆る伝説的組織ティターンズのエース、ヤザンという、その凶悪なコンビネーションを自分は超越したのだ。

そういう歓びがピピニーデンをより昂ぶらせて、そしてその視野を狭窄にする。

 

(っ!…ま、待て!なぜ、なぜだ?なぜガンダムの下半身が無い!?ヤザンは私に何を仕掛ける!?)

 

だから今更に気付く。

ガンダムタイプの下半身が無い。

ヤザンは操縦桿のトリガーをうずうずとした様に一度、二度と素早くなぞり、そしてほくそ笑みながら引き金にセットし、待つ。

 

「ウッソ、帰ったら貴様にも一杯奢らにゃならんな…!」

 

今度の戦闘では愛弟子ウッソの得意技を多く借りて、そしてそれが無ければ勝つのは難しかったとヤザンでも思う。

 

(あいつの手癖の悪さは大したもんだぜ!)

 

次々に奇想天外な戦法を編みだす柔軟な思慮と発想は、ヤザンの舌も大いに巻くものだ。

そしてそれをヤザンは手放しに称賛していた。

戦いとは相手の意表を突いた者が勝つ。

 

ドッゴーラの真下から、高速でV2の下半身ブーツが突進してくるのがピピニーデンの意識の隅に映る。

 

「し、下か!!」

 

ピピニーデンは反応してみせ、そしてドッゴーラを素早く引いた。

瞬間、ドッゴーラの鼻先をかすめるボトムリム。

だがそれを待っていたように、ヤザンは引き金をひいた。

 

「いい子だ…やはり素直だぜ」

 

ニヤリと口の端を釣り上げて、獣が駆るガンダムの銃口からビームが解き放たれる。

 

「っっ!!!」

 

光が迫るイメージがピピニーデンには見えて、そして死の恐怖を感じ取った彼の本能は意識を超えて咄嗟に指を動かす。

緊急脱出装置が雑に起動され、ベイルアウト。

ドッゴーラのコクピットブロックの装甲が弾け飛び、そしてイジェクションポッドがまろびでた。

 

直後にはドッゴーラはボトムリムと一緒に猛火に包まれ、そして宇宙の黒に一点の華となって拓いて消える。

コントロールを失ったドッゴーラのビット達はそのまま月の重力に従って次々に落下。

完全にその脅威を失った。

 

ヤザンは勝った。

 

だが、相変わらずV2のコクピット内をレッドアラートが赤く照らし、そして不愉快な電子音が奏で続ける。

代償は支払う必要があった。

 

――ミシリ…

 

そういう嫌な音が、ヤザンのヘルメット越しに聞こえた。

次の瞬間、ヤザンのV2もまた、ドッゴーラのように炎に包まれていた。

 

 
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