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逆さの砂時計

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純粋なお遊び
  合縁奇縁のコンサート 13

vol.18 【SS/素晴らしきセカイ】 ※今回は二本立てです

 アルスエルナの中央教会では、男女数百人の信徒が共同で生活している。
 普段は各々の役割を別個にこなす彼らだが、百合根感謝の日は毎年建物の内外数か所に数十人単位の班を作って分かれ、朝から晩まで百合根の調理と都民への分配にのみ従事していた。

 今年も例年通り順調に準備が進み。
 しかし、夕方も半ばを過ぎた辺りから、だろうか?
 信徒達の間で、いつもとは違う空気が流れ始めていた。

「おい、聴いたか? あの話!」
「あの話?」

 中央教会の一階、一般信徒の立ち入りを禁じられている厨房。
 全住民に対応する調理器具や食材の収納庫、調理台、水場、かまどなどを揃えたそこで、下拵え済みの百合根が山盛りになっているザルを抱えた青年信徒が、煮込み担当の青年信徒二人に、背後から話題を振ってきた。
 青年二人は、鍋底を焦がさないように中身をゆっくりかき混ぜながらも、耳新しい情報を聞き逃すまいと、声をかけてきた青年に好奇の目を向ける。
 青年二人の反応からしてまだ知らないんだなと察した青年は「ふふん」と得意気に鼻を鳴らし、鱗片を一枚一枚鍋に投入しつつ控えた声量で答えた。

「三十分くらい前に、閣下が騎士を連れて外出されたんだってよ!」
「……はあ?」
「いや、さすがにそりゃあ嘘だろ。大司教様がご不在なんだぞ? 閣下まで教会を空けるワケないじゃん」

 コルダ大司教は二ヵ月程前に教皇猊下の呼び出しを受けてアリアシエルへ出向いたきり、一向に戻ってくる気配がない。
 アルスエルナ教会のトップが不在である以上、次席を預かる中央区司教のプリシラが、しかもアリア信仰が主導する祝祭の最中に職場を離れるとか。
 信徒達から見れば、前代未聞の問題行動だ。
 ()()次期大司教が職務放棄など、絶対にありえない。

 二人は、ガセネタかよと同時に両肩を持ち上げ、青年から視線を外した。
 だが青年は慌てず騒がず、鱗片投入の手を止め。
 ピッと立てた人差し指を、不敵に笑う自身の顔の前で数回振ってみせる。

「それがさあ。責任者代理ってことで第三王子殿下が来てるらしい。敷地の出入口付近で閣下と第三王子殿下とミーちゃんを見かけた! とか言って、案内班や分配班の連中と、一般信徒達もざわついてんだってよ」

 その言葉が放たれた刹那。
 厨房内の空気が一変した。

「なにいっ⁉︎ ミーちゃんを見かけただとお⁉︎」
「あの、幻のミーちゃんを⁉︎ 直でか⁉︎」
「なんだって⁉︎ ミーちゃんを目撃した⁉︎ どこの果報者だよ羨ましい‼︎」
「ちょっ! マジかっ⁉︎ 見たヤツの名前を全部教えろ! 絞め上げる!」

 鍋の中身と睨めっこしていた青年二人……どころか。
 同じ空間で各々作業していた男性信徒約三十人全員が、殺意に似た何かを青年に向けて勢いよく一斉放出する。

 プリシラと双子並みの外見でありながら、プリシラとは正反対の性格で、しかも公然と『生贄』の扱いを受けているミーちゃんことミートリッテは、中央教会に住む『生贄(信徒)』達の間で驚異的な人気を誇っていた。
 そしてその人気ぶりを把握したプリシラによって、今では()()()()()()()()()()という希少属性まで付与されており。
 神秘性を増したミーちゃんへの男性信徒達の好意的感情というか妄想は、ほとんど崇拝の域にまで達している。

 当然だが、信徒達にミーちゃんと親し気な呼び方をされていることなど、ミートリッテ自身はまったく知らない。

「ぃや、そこまでは……俺だって、間接的に聴いただけだし……っ」
「なら、お前に聴かせた奴を連れてこい! デマだったら承知しねぇぞ! 俺達のミーちゃんを弄んだ罪、きっちり(あがな)ってもらう!」
「「「そーだそーだ‼︎」」」

 くつくつ煮える鍋の周辺で熱を上げていく、嫉妬という名の感情論。
 又聞きしただけのウワサ話をうっかり自慢気に語ってしまったばかりに、迂闊な呟き一つで速攻袋叩きにされる絶望の淵へと追い詰められてしまった哀れな青年は、鱗片入りのザルを抱えてガタガタと震え出し……
 ミーちゃんよりも接触率が低い人間達に助けられた。

「まあまあ落ち着け若人よ。気持ちは分かるが、重要なのはそこじゃない」
「「「……え? え⁉︎ し、司教様方⁉︎」」」
「ちょいとお邪魔しますよ、と」
「え? えええっ⁇ 四大司教様が何故、調理場(こんなところ)に⁉︎」

 四大司教とは、中央以外、東西南北の四区をそれぞれ預かる司教である。
 立場的には、四人揃ってアルスエルナ教会の第三責任者なのだが。
 本来は各区の中心街で生活しており、中央教会には定期連絡や定例会議、各自報告案件などがある際にのみ現れる。


*なお、百合根感謝の日に集まっていたのは何代も前からの習慣であって、プリシラが外出の許可を取る為に召集したわけではない*


「まあ聴け、同朋達」

 最初に声をかけてきた五十代前後の、ガッシリとした体型の男性司教が、荒ぶる馬を抑えるように両手を前に出し、唇の端をニヤリと持ち上げた。

「閣下が出掛けたのは、事実だ。彼女に名指しで頼られた第三王子殿下も、今は二階の会議室で護衛騎士と、ミーちゃんと共にお控えくださっている」
「な⁉︎ ミーちゃんがっ⁉︎」
「今、この瞬間、二階の会議室に⁉︎」

 呆気にとられていた調理場の空気が、ミーちゃんの所在情報一つで蠢く。
 崇敬の念に忠実な彼らの足は、自然と浮き立つが……

「ならん! お前達、自らの枷を無理矢理外して楽園を目指さんとすれば、完全遮音の密室内で絨毯の上に落ちた羽毛一枚の音すら屋外から聴き分け、千国隣の雑踏に紛れて起きたすれ違いざまの窃盗をも時間のズレなく見通す女悪魔に、笑いながら全力で(ほふ)られるぞ! 真実、心の底から! お遊戯を嗜むが如く、愉悦を味わっているかのように、高笑いされながら……だ! 素直に怒られたほうがどんなにマシか、解らぬお前達ではあるまい⁉︎」

 人としての理性に阻まれ。一様にガックリと、力無くうなだれた。

「ああ、人の身のなんと無力なことか!」
「これも、我ら『生贄』に科せられた罰だと仰るのか……っ」
「目の前に癒しの泉が見えているというのに! なんたる残酷! まるで、待てをしている礼儀正しい飼い犬にでもなった気分だ!」
「ある意味ご褒美ってところが、グウの音も出せなくて悔しいっ!」
「アリア様は……我らを見放されたのだ……」

 主神様は、とんだ風評被害(とばっちり)を受けた。

「現実とは、常に弱者を苛むものよ。だがな……どんなに長い時間でも息を潜めて耐え忍び、諦めずに機を窺っていれば。そして、機を逃さなければ。幸福は必ず、この手に掴めるのだ。必ずだ。意味は解るな? 同朋達よ」

 五十代前後の男性司教の後ろからそっと顔を覗かせた、やはり五十代頃と思われる中肉中背の男性司教が、聖職者の肩書きに恥じない、慈愛に満ちた視線と仕草を『生贄』達へ贈る。

「機を、逃さない……」

 複数の虚ろな目が、復唱した言葉と共に、じわりと高度を上げる。
 その先で細い体をしならせて立つ、一目では壮年か中年か不明で妖艶な、どことなく軽薄な印象も与える女性司教が、こてんと小首を傾けた。

「言ったでしょ? 第三王子殿下は、閣下に名指しで()()()()の。つまり」
「‼︎ ま……まさか、殿下は⁉︎」

 雷撃を食らった鳩のように、バババッと顔を上げる信徒達。

「司教様方は、この為に調理場へいらしたのですか!」
「そうとも! まさに、今がその時!」

 視線の集中砲火を浴びた四大司教は鷹揚(おうよう)に頷き、声を張り上げた。
 誰かが「おお……っ」と呟く。

「さあ、我が同朋達よ! その百合根を天高く掲げよ!」
「女神アリアへの敬愛と忠誠を、行動をもって、彼の御方に示すのだ!」

 感嘆の呟きは一つ二つと増えていき。
 最後には、総員の勇気を讃える雄叫びとなる。

「すべては‼︎」


「「「閣下への心証を、少しでも底上げしてもらう為に‼︎」」」


 通りすがりの別班員

「いいから早く、仕事して」





vol.19 【会議室にて】

「お茶と菓子を出したっきり誰も来ないな。忙しいんじゃなかったのか? 俺、ここに居る意味ある?」

 裏事情など知る由もないセーウル王子の率直な疑問に。
 ミートリッテは一瞬、言葉を失った。
 祭事の最中だけど責任者はお茶を啜っててくださいと言われれば確かに、何の為の代理なんだろう? と思われても仕方ない。

 しかし、彼は教会外の人間だ。それも、政治に直接関わっている王族。
 立場上、信仰内部の重要資料などに触れさせるわけにはいかない。

 プリシラがセーウル王子に求めているのは、教会の責任者代理ではなく、教会を空けても国の重役が見ているからな、という対外的な関係性誇示と、アリア信仰の現上層部に反感を持っている信徒達への圧力。
 そして、セーウル王子に仕える騎士団員による、祭事の準備補助。
 王子当人には、決して、見張り役以上の実務をさせてはいけないのだ。

「殿下のお手を煩わせない為に、皆が必死で頑張ってくれているんですよ。殿下がここに居てくださるからこそじゃないですか」

 引き受けてくださってありがたいです、と上っ面で笑うミートリッテ。
 内では常に心臓バクバクだ。
 いつ「暇だから俺も何か手伝ってくる」と言い出すか。
 その善意が、同じ階に隠れている女神達にどんな影響をもたらすか。
 気が気でない。

(政界慣れしてる人相手に秘密を守り抜けとか、何の罰なのこれ……っ! 私も孤児院(そっち)に行きたかったです、プリシラ様あーっ!)

 第一補佐の部屋に移り住んでから、一年未満。
 圧倒的経験不足を痛感しながら、それでもなんとか笑顔の仮面を貼り付け続けるミートリッテ。
 実のところ、彼女もまた、プリシラの采配によって信徒達の士気発揚係を与えられつつ、秘密厳守以上の厄介事から保護されていたのだが。

 その事実を知るのは、これから数日後の話。



 
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