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逆さの砂時計

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純粋なお遊び
  合縁奇縁のコンサート 17

vol.23 【強者の傲慢=弱者の怠慢=大衆の無関心4】

 ガラガラガタガタいってたうるせー馬車が、真っ暗な閑散地で停車した。
 帽子を被った髭面の中年御者がオレを見て、ガサガサ声を張り上げる。

「おら、着いたぞ! さっさと降りろ!」
「ったく、馬車もうるさきゃ、人間もうっせぇな! 見りゃ分かんだよ! いちいちお客様の行動に口出しすんじゃねぇぞ、耄碌(もうろく)ジジイが!」
「やかましい! 金も払えんヤツがお客様だ⁉︎ 笑わせんなクソガキが! 二度と王都に来るな! 汚らわしい‼︎」
「はっ! 金銭の授受に不満があるなら、てめぇらの親玉に直訴してこい。オレみたいなヤツが払う必要はないって決めたのはソイツだかんな。オレに八つ当たりしたって制度は変わんねーよバーカ! くたばれクソジジイ!」
「親っ……⁉︎ 国家の温情と制度が無けりゃ生きられないゴミ屑の分際で、なんだその口の利き方は! 恥を知れ、この恩知らず!」
「ああん? な~に当たり前のことほざいてんの? オレはゴミ屑だから、ニンゲンサマに温情なんかは感じねぇし、知ったこっちゃありませぇーん。お前らの自己満足で勝手にそうしてるだけでぇーす。降りてやったんだからさっさと行けや、ボケ!」
「っうわ! てっめ、おい、こらっ……!」
「あっははは! 運送屋が馬に遊ばれてりゃ世話ねぇな! ザマーミロ!」

 馬車を降りたオレに後ろ足を蹴られた馬が、悲鳴を上げて明後日の方向へ走り出した。手綱を握ってた御者が、大慌てで馬に指示を飛ばしてる。

 が、暴走した馬の速度はなかなかのものだ。
 王都の中心から郊外までのそのそ進んできた乗合馬車は、あっという間に黒い闇の向こうへと姿を消した。

 ったく、最初っからその速さで移動しろっての。
 蟻みたいにわらわら集まった人間なんかを丁寧に避けて走りやがるから、オレの貴重な時間を無駄に浪費しちまったじゃないか。
 邪魔くさいんだよ、どいつもこいつも。

「にしても、この辺も一応は王都だってのに、見渡す限り一面真っ黒だな。街灯も整備してないのかよ。何の為の税金だ? バカはやっぱりバカか」

 王都の中心と違って人通りが少ない、建物も片手で数える程度しかない、月と星の光だけがやたらとチラチラ光ってる、平原みたいな場所。
 昼間なら見晴らしが良いとも言えるここら一帯は多分、王都在住の農民が管理してる畑だ。
 作物の種類までは知らないが、大方、麦だの小麦だのの穀物に違いない。

 大規模な居住地に根を下ろしてる連中は、田舎者の代名詞に使うくらい、芋の類いを嫌ってるからな。
 百合根はありがたがるクセに、不格好な形で泥臭い味の芋は、洗練された都民サマのお口には合わないんだそうだ。
 どっちも土が無きゃ育たないってのになあ?
 脳無し共はこれだから…………っと……

「ちっ。やっぱ先に着いてんじゃねぇかよ、役立たずの耄碌(もうろく)ジジイめ」

 乗合馬車の停車地点から、歩くこと十数分。
 星空の中に立つやたらでかい建物の黒影と、その周辺に整列してる五台の馬車を見つけた。
 馬は、建物の隣にある厩舎へと移した後らしい。輓具で繋がれてるなら、多少なり足音やら鼻息なんかが聴こえてくる距離なのに、ずいぶん静かだ。

「って、ちょっと待て。まさか、見張りすら置いてないのか? 嘘だろ?」

 おいおい、なんの冗談だ?
 いくら、人間社会から爪弾きにされてるガキ共の溜まり場だっつっても、中央教会のお偉い様が来てる時にまで、そんなガバガバな警備で良いのか。
 何の為に大仰な馬車列を組んできたんだよ。

「ありえねぇ。どんだけ平和ボケしてんだ、あの次期大司教ってヤツ」

 中央教会の敷地を出てすぐの所で見た、孤児院に出立する直前の馬車と、それを取り囲む能天気な人だかり。
 その中心に立つ全身真っ白な人影達が何者なのかは、発情期の猿みたいにきゃーきゃー叫んでた周りの都民が勝手に教えてくれてたわけだが……
 
「ま、こっちとしちゃ、やりやすくてちょうどいいけどな」

 見張りが居ないってことはつまり、どうぞご自由にお入りくださいませ、何をされても決して文句は言いませんって意味だろ?
 喜んで入ってやろうじゃないか。
 そんで、全員殺してやる。

(可哀想な孤児達。実在しない女神なんかを崇めてる、バカ丸出しの連中に拾われ洗脳され、起こりもしない奇跡に救いを求めながら、嘘吐きな屑共の目の前で、為す術もなく無惨に殺されていくんだ。そう……)

 母さんと同じように。

(できれば、連中が着く前に一人だけでも押さえておきたかったんだが……仕方ない)

 護衛なんて、何人付けてようが、人質を一人取っておけば無力化できる。
 なんせ、相手には『世間体』があるからな。

 強引にオレを捕まえようとして、人質に何かがあった場合や、手詰まりな状況を理由に人質ごとオレを斬り捨てた場合。
 その事実が、国や信仰の上下内外に広まれば、長年掲げてきた慈善事業の看板がズタボロだ。
 オレはそれでも一向に構わないが、連中はそうも言っていられない。
 金蔓(かねづる)の信用度に、余計な垢は塗り付けたくないもんな?

「…………」

 物音を立てないように敷地内へ忍び込み、建物周辺の気配を慎重に窺う。
 建物の正面、横、裏、周囲にポツポツ植わってる木やら花やらの陰まで、念入りに観察してみたが、やはり屋外には、厩舎にさえ誰も居ない。

「……緊張感が欠けたバカばっかりだな。楽な仕事で羨ましい限りだ」

 次に窺うのは、建物内部の気配。
 全員、建物の正面左側に集まってるのか。
 窓から漏れ出る物音と明かりの量が極端に片寄っていた。
 と、すれば。

(右側のどこかから侵入するのが得策か)

 オレの手持ちは、包丁が一本。
 わざわざ大勢が集まってる中に突っ込んでいって不利な状況を作っても、意味がない。

 獲物を捕らえる時は静かに。けれど確実に。

 屋内から姿を見られないよう、外壁に背中を貼り付け。
 窓の周辺は巧みに避けながら、静かに素早く移動する。
 と。

(…………?)

 何故か、一階の正面右隅の二つだけ、窓が開いてる。

(間隔からして、同じ部屋の窓だな。灯りは漏れてないし……一室だけ閉め忘れたのか?)

 念の為に二階の窓も確認してみるが。
 目に見える限り、開いているのはここだけだ。

(……なんなんだ?)

 ずさんな警備に、閉じ忘れた窓。
 これはさすがに不自然じゃないか?
 だって、中央教会の権力者第二位が来てるんだぞ?
 他の、何でもない日の神父達ならともかく、よりによって世界規模の祭日当日の、国政の中枢にも関わる重要人物の護衛が、こんな穴だらけの状況を看過するものか?

(本当に、入って来いと言わんばかりの……)

 ……………………『罠』?

 いや、違う! そんな筈はない!
 オレが孤児院に奇襲を掛けると決めたのは、連中が中央教会を発つ直前。
 オレも、すぐにあの場を離れたんだし、連中が計画に勘付く要素なんて、どこにもなかった!

(落ち着け。落ち着くんだ、オレ。あいつらは、オレがここに居ることも、オレがこれから何をしようとしてるのかも知らない。知りようがない!)

 仮に、これが本当に、不審者を引っ掛ける為の罠だとしても。
 連中が想定してる『不審者』は『オレ』じゃあない。
 『オレ』であるわけが、ない。

「……ふぅー……」

 額に噴き出してきた嫌な汗を腕で拭い。
 激しく暴れる心臓を、深呼吸で無理矢理なだめすかす。

 そうだ。連中が想定しているであろう不審者は、オレじゃない。
 でも。

(……正体不明の不審者が現れること自体は、想定してる可能性が高い!)

 全身から血の気が引く。
 頭が冷え、指先が凍り付き、震える顎が奥歯をカチカチ鳴らす。

(どうする……? どうするべきだ⁉︎)

 これが正体不明の侵入者を想定した罠なら、連中が『オレ』を知ってるかどうかの懸念はまったくの無意味だ。
 侵入者が何者でも、あいつらはただ、罠に掛かった獲物を捕まえるなり、殺すなりするだけだし。
 どんな策謀にでも対応できる自信があるからこその、手抜きに見えるこの配置……だとしたら。

 もしかしたら、孤児院の外。
 畑のどこかで、連中の仲間が侵入者用の包囲網を敷いてるんじゃないか。
 ここに来るまでの間に制止が入らなかったのは、オレが孤児院のガキ共や連中に対して悪意ある行動を起こすかどうかを見定める為で、つまり……
 
(……進んでも戻っても、逃げ切れない⁉︎)

 屋内へ押し入れば、護衛が挙って狩りに来る。
 敷地外へ逃げ出しても、連中の仲間が待ち構えてるかもしれない。

 逃げ場は封じられた。
 人質を取る隙なんか、当然ないだろう。

(くそ……! あのクソジジイ、つくづく役に立たねぇな‼︎ あいつらより早く着いていれば、こんなことにはならなかっ………… ぅん?)

 建物の角でしゃがんでいたオレの目に。
 ふと、地面を細長く照らす二筋の光が映り込む。
 出所は……オレの斜め右上に位置する、開いたままの窓二つ。

(っ⁉︎ 護衛に気付かれた⁉︎)

 慌てて地面に突っ伏して気配を殺すが、

「……って、いってたから。あっ、まいくはそこにいてね! うごいたら めっ! だよ?」
「うー……。わかったよ……」

(……子供の声?)

 息を潜めるオレの耳に届いたのは、甲高く弾む声と不機嫌そうな声。
 不機嫌というよりは、ぐずった後の鼻声っぽいか。

(一人は女のガキ、一人は男のガキだな)

 絨毯が敷いてあるのか、足音はほとんど聴こえてこない。
 だが、落ち着きない気配が窓際に近付こうとしてるのは、感じる。

(開いた窓が罠だったとしても……現在この場所に居るのは、オレと子供が二人だけ。大人が居る気配は、しない)

 進んでも退いても逃げ場は無い。
 手が届く範囲には、十歳にもなってないだろう非力な子供が二人だけ。
 しかも、どうやら女のほうが単独で窓辺に近寄ってきてるらしい。
 計算外か不注意か知らないが、これは。

(千載一遇の好機だ!)

 ゆっくりと立ち上がりながら、懐にしまい込んでおいた包丁を取り出して鞘代わりの布を取り払い、白刃を煌めかせつつ、外側に開いた窓へ、静かに身を寄せる。
 子供の手が、窓枠に触れたか触れないかの瞬間を見極め……


 
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