IS【インフィニット・ストラトス】《運命が変わった日》
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【第135話】
――風花の間――
「では、現状を説明する」
旅館の一番奥に設けられた宴会用大座敷・風花の間。
俺たち専用機持ち及び代表候補生、そしてこの臨海学校に来ていた教師陣と親父と母さんが集められた。
照明を落とした薄暗い室内――そこに、淡く光を放つ大型の空中ディスプレイが俺たちの前に一つ浮かんでいる。
織斑先生が立つ隣にも、同じ空中ディスプレイが浮かんでいた――。
「二時間前、ハワイ沖で試験稼働にあったアメリカ・イスラエル共同開発の第三世代型の軍用IS『銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)』が制御下を離れて暴走。監視空域より離脱したとの連絡があった」
「銀の福音?アメリカとイスラエル共同開発したISの名前ですか?」
「有坂、何か疑問に思ったのか?」
「いえ――何だか【皮肉】だなって思ったもので…」
そう俺が言うと、一部わからない一夏や篠ノ之が俺を見ていた。
「……イスラエルは確か、ユダヤ教、イスラム教、キリスト教と他にも後ドルーズ教があるんだが。国民の八割は確かユダヤ教で、その残りが今言ったイスラム教やキリスト教といった感じだったはずだからな……。とは言うものの、多国籍の人が多数いるんだが――銀の福音という名前、イスラエルに居るイスラム教の人を刺激しなかったのかなって思っただけです」
「それに関しては問題ない。国民には知らされていなかった様だからな――歴史の授業はまた後にしろ、有坂」
「……すみません、続きをお願いします」
そう告げると、一度咳払いして話を続ける織斑先生。
「その後、衛生による追跡の結果、福音はここから二キロ先の空域を通過することがわかった――」
ここから二キロ先……近いな…もう少し本土から離れた所で待ち受けるとかは難しいのだろうか?
「――時間にして五十分後。学園上層部からの通達により、我々がこの事態に対処する事となった」
――という事は、教師陣が対処、俺たちはその支援辺りという所だろう。
だが、そんな俺の考えが甘く、織斑先生の次の言葉は思ってもみないものだった。
「教員は学園の訓練機を使用して空域及び海域の封鎖を行う。よって、本作戦の要は専用機持ちに担当してもらう」
――俺たちがその暴走したISを止める……?
正気かよ、俺と一夏と篠ノ之はど素人もいい所だぞ…。
――だが、こう言うという事は、何か思惑があるのだろうか。
いつの間にか険しい表情になっていたのか、美冬が俺を気遣う。
「お兄ちゃん…大丈夫?」
「……あぁ、大丈夫だ」
それだけを言うと、安堵した美冬――。
「それでは作戦会議を始める。意見がある者は挙手するように」
「はい」
手を上げたのはセシリアだった。
表情はいつもの十代女子の表情ではなく、真剣そのものだった。
「目標ISの詳細なスペックデータを要求します」
「わかった。ただし、これらは二ヵ国の最重要軍事機密だ。けして口外はするな。情報が漏洩した場合、諸君には査問委員会による裁判と最低でも二年の監視がつけられる」
「了解しました」
そう返事をしたセシリア――目の前のディスプレイと机に備わった3Dモデリングに開示された【銀の福音】の全身像と詳細なデータを元に代表候補生達は相談を始めた。
「広域殲滅を目的とした特殊射撃型……わたくしのISと同じく、オールレンジ攻撃を行える様ですわね」
「……だがセシリア、こいつにはビットみたいな物は無さそうだが…」
俺はそう言い、【銀の福音】の3Dモデリングに触れ、全身をくまなく見るが特にそれといった物はなかった。
「……多分ですが、内蔵型なのかもしれません」
「……なるほど、詳細なデータとは言っても機密レベルが高いからこの辺りは色々情報制限されてるのか……それとも、ここまでしか開示されていないかのどちらかだな」
そう呟き、次はスペック表を見る――。
「攻撃と機動の両方を特化した機体ね。厄介だわ。しかも、スペック上ではあたしの甲龍を上回ってるから、向こうの方が有利……」
そう言って自分の端末に入れてある甲龍と銀の福音のスペックデータを見比べる鈴音。
「単体で挑むなら確かに軍用機のが強いな。おまけに向こうはリミッターが無いし……。だが鈴音、足りないスペックは俺達皆でカバーすればいい。だろ?」
「……ふふっ。まさかアンタに教えてもらうなんてね。――そうね、緊急事態だもん。一対一の勝負って訳じゃないもんね」
そんな感じでニッと笑顔で応えた鈴音。
「……この特殊武装が曲者って感じはするね。ちょうど本国からリヴァイヴ用の防御パッケージが来てるけど、連続しての防御は難しい気がするよ」
そう腕を組み、指で自身の顎に触れるシャル。
「連続しての防御が難しいなら、避けきれない射撃だけに防御すれば長くもつ――シャルならそれだけの技術はあるんだ、自信持ちなよ」
「ヒルト……。――うん、そうだね」
事実、この場に居る代表候補生も専用機持ちも俺なんかより遥かに厳しい訓練を受けて技術はあるんだ。
――だが、それでも俺達は子供みたいなものだ、多分皆が心の奥に不安を抱えてるだろう――この緊急事態に。
「……このデータでは格闘性能が未知数だ。持っているスキルもわからん。偵察は行えないのですか?」
そう言ったのはラウラだ。
確かに偵察が出来ればそれだけ情報が多くなる――。
「無理だな。この機体は現在も音速飛行を続けている。最高速度はマッハ2.45を越えるとある」
「……近くのアメリカ軍の早期警戒機のレーダーに探知されないのですか?映像とか」
「それも無理だ。航空機みたいに大きな代物なら偵察機でも探知可能だが、ISは小型だからな」
「……成る程――だからといって戦闘機じゃ、偵察は出来ないですからね…攻撃は出来ても」
そう呟くと、俺は再度3Dモデリングされた【銀の福音】に触れ、くるくると回し始める。
「織斑先生、作戦はあるのですか?」
「ああ、作戦は【ワンアプローチ・ワンダウン】だ。つまり、一撃必殺にかける」
「成る程……それだと時間はかからないですね。――つまり、その攻撃力を持った機体となると俺、または一夏が要って事だな、これが」
「え……?」
それまでただ黙って見ていた一夏は、ただ一言を口にし、表情が驚いていた。
「そうね。ヒルトの単一仕様【天叢雲剣】によるバリア無効化攻撃と天狼。後は一夏の【零落白夜】で落とすしかないわね」
「それしかありませんわね。ただ、問題は――」
「どうやってヒルトと一夏をそこまで運ぶか、だね。エネルギーは全部攻撃に使わないと難しいだろうから、移動をどうするか」
「しかも、目標に追い付ける速度が出せるISでなければいけないな。超高感度ハイパーセンサーも必要だろう」
「お兄ちゃんの機体なら単体でも追い付くよ?それに、お母さんが持ってきてる中でIS【規格外装備】もあるから、それを使えば他にもその空域に行って援護も可能なはず。そうでしょ、お母さん?」
そう小型端末を見ながら母さんの方へと振り向く美冬。
小型端末には、今回のテストに使われる筈の新装備等の名称がずらりと表示されていた。
「そうねぇ。――予備の【フライヤーユニット】を使用すれば、今美冬ちゃんが言ったように他の機体も援護が出来るし、ヒルトや織斑君が使えばエネルギーを使わずに接近が可能よ」
「じゃあ、専用機がない私や美冬ちゃんもヒルトの援護が可能って事ですか?」
そう言った未来に対して、織斑先生が――。
「残念だが飯山、打鉄もリヴァイヴも予備機はない。――だが、お前たち二人にも用意されているだろ、専用機が」
「……私も美冬ちゃんも、まだ代表候補生になったばかりです。そんな私達が専用機を受領するのはまだ時期尚早だと思いますので…」
そう告げる未来の言葉に、篠ノ之は苦虫を潰した様な表情になる。
薄暗くて、そんな篠ノ之の様子に気づいたのが俺一人だった――。
「うん……。セシリアやシャル達は皆そんな事無いって言ってくれるけど…一度断った以上、【家族の身に危険】が起きない限りは、学園側に預かってもらう方向でお願いします」
――そう、村雲も天照も学園側で預かるように既に手配されている。
何故学園かというと、どの国も介入出来ない――ある意味安全な場所だからだ。
母さんが手元に残していても良いのだが、昨日言っていた【テロ組織】に狙われているという発言を聞いた以上は、俺としてもそっちの方が望ましい。
母さんも多分そう思ったから、学園側に預ける手筈を整えていたようだ。
――と、事態を漸く理解したのか一夏が。
「ちょっ、ちょっと待ってくれ!お、俺も行くのか!?」
「「「………………」」」
そんな一夏の及び腰に、呆れたように見つめる代表候補生達。
……無理もないか、俺と同じど素人なんだし。
「織斑先生、一夏が無理なら俺だけでも構いませんよ?このまま暴走したISを止める事が出来なければ――【悲劇】が起きるのは明白ですから。――ISを扱う以上――『大いなる力には、大いなる責任を伴う』――昔見た映画で言ってた言葉です。今の時代、こんな事を言えば女子に笑われるのは目に見えてますが――それでも、今こうして俺も一夏も、【男なのにISが使える】のには何かしら理由があると思いますから…」
それだけを告げ、俺は織斑先生を真っ直ぐと見る。
――多分だが、一夏には覚悟が無いのだろう。
だが――俺だってそうだ。
正直…実戦だというので手の震えも止まらないし、吐き気だってする。
逃げることが出来るなら、逃げ出したい気持ちに駈られている。
でも――逃げてどうなる?
目の前の事態に目を瞑っても、事態は好転しない――それどころか、悲劇しか呼ばない。
なら――恐怖を押し殺し、乗り越えるしかないんだ。
そして――事態を止める事が出来るだけの力が俺にも、一夏にも、専用機を持った皆にもあるんだ。
何とか恐怖に負けないように、ぐっと握り拳を作って堪える――。
そして、織斑先生は――。
「織斑、これは訓練ではない。実戦だ。有坂みたいな覚悟が無いなら、私も無理強いはしない」
そう織斑先生が、一夏に言うと――。
「やります。俺も、やってみせます」
そう言った一夏――姉に発破かけられたから決めたのだろうか?
……これだと、姉の期待に応えたい様にしか見えない――まあそれでも、及び腰なままよりかはましだが。
「よし。それでは作戦の具体的な内容に入る。現在――」
そう織斑先生が喋っている途中、ここまで黙っていたままの親父が口を開いた。
「織斑先生、作戦は今のだけなのか?」
「……そうですが、何か問題でも?」
そう織斑先生が言うと、苦笑しつつ頬をかく親父――と。
「自分からも作戦の立案、いいか?時間はあまり取らせませんから」
「……わかりました。では有坂さん、貴方が考えた作戦内容を――」
「すまないな、織斑先生。――では諸君、3Dモデリングされた銀の福音との交戦予想地域のマップを見てくれ」
言うや、3D化された立体マップが机一面に広がる。
それも再現度が高く、旅館花月荘もモデリングされていた。
「この場所がここから約二キロ先の交戦予想地域だ。そしてここが旅館花月荘――まあ見ればわかるな。――肝心の作戦だが、三段構えの波状攻撃による内容だ。まず――」
そう言うと、マップに表示されたマーカー――多分銀の福音だろう。
それの進路予想図が表示されると共にマーカーが動き始めた。
「これが福音の予想進路だ。で、次に此方の第一波だがまずは足の速い機体が先行――この地域で足止めをする」
言って、花月荘からマーカーが出る、それに合わせて福音のマーカーが動き始めた。
「マーカーを見ると解ると思うが、ここは最初に織斑先生が言ったアプローチポイントだ。まずはここで足の速い機体が足止めし、第二波が合流――この第二波には織斑君か、ヒルトのどちらかが入ってるのがベストだ。第一波にも同じ様にヒルトか織斑君を――そして」
第三波であろう三つ目のマーカーが表示される。
「そして第三波、この部隊は足が遅い機体での最後の後詰めを行ってもらう。その前に第一波、又は第二波で仕留める事が出来るのであれば御の字だが――それが駄目な場合の第三波だと思ってくれ。――織斑先生、海上封鎖を海上自衛隊に任せることは出来ないのか?」
そう言って親父は隣で腕を組んで聞いていた織斑先生の方へと顔を振り向ける。
そんな親父の問いに、織斑先生は顔を横に振って――。
「残念ですが、学園上層部の決定ですからね。――それに、政治屋達が了承しないでしょう」
「かぁーっ、相変わらずだな……日本も。――では、どうにかIS一機だけ、美冬か未来ちゃんに機体を貸していただけないか?」
「……何故でしょうか?」
「最後の後詰めの第三波に、まだビーチに残した強化外骨格【クサナギ】を投入するからだ。アイツをフィニッシャーに加えれば作戦成功率は一気に約97%まで跳ね上がる。無しだと確率的に78%――これでも高い方だが、より確実性の高い方が皆も安心するだろ?」
そうウインクする親父に、織斑先生も――。
「……わかりました。何とかご都合がつくように致しましょう。――それに、有坂さんの作戦の方が確実性が高い――恐れ入ります」
「いや、ただの三段構えな作戦ってだけさ。ワッハッハッ」
そんな風に笑う親父を見てか、篠ノ之以外の皆が笑みを溢す。
「よし、それでは有坂さんが立てた作戦の具体的な内容に入る。現在、この専用機持ちの中で最高速度が出せる機体はどれだ?」
「なら俺の機体だな。狭いアリーナじゃ、本領発揮出来ないが広い空の下なら、村雲の機動力を遺憾無く発揮出来る」
俺がそう言うと、次はセシリアが。
「わたくしのブルー・ティアーズも同じく。――それに、ちょうどイギリスから強襲用高機動パッケージ『ストライク・ガンナー』が送られて来ていますし、超高感度ハイパーセンサーも常備されています」
――全部のISとはいかないが、大抵のISには『パッケージ』装備が用意されている。
前回の大会でも使用されていたラファール・リヴァイヴ用高機動パッケージ【ブランシュ・エール】や【クアッド・ファランクス】――今回母さんが用意したIS用強化外骨格【クサナギ】等、その種類は豊富で多岐にわたる。
――基本、戦闘用ばかりだが、中には災害救助用や緊急医療が可能なものもあるらしいが、そちらはあまり出回らないらしい。
後、専用機だけの機能特化専用パッケージ『オートクチュール』と呼ばれるパッケージがあるとか?
俺だと八式・天乃御柱の機能を最大限に活かすパッケージになるのだと思うが、多分母さんは作っていないだろう。
「オルコット、超音速下での戦闘訓練時間は」
「約20時間です」
「ふむ……。それならば有坂と共に第一波を――」
そう言っている途中、突如天井から声が聞こえてきた――それも、明るい声だ。
――その声の主は……篠ノ之束だった。
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