逆さの砂時計
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純粋なお遊び
合縁奇縁のコンサート 8
vol.10 【覚醒の間に見る夢】
別に、子供ってヤツは、必ず相思相愛の男女から生まれてくるものだ!
とは思ってなかったよ。
なんせ、私が私を自覚した瞬間が既にアレだったし。
両親とされる男女に愛だの恋だの、良心的な何かがあろうとなかろうと、やるコトさえやってしまえばそれなりに高い確率で孕んじまうものだって、クロスツェルと会うまでに、この目で直接、嫌ってほど見てきたしな。
胸糞悪ぃ話だけど、それが現実だ。
だからこそ、母さんと父さんの関係とか、アリアが生まれるまでの経緯を知っても、そんなに驚きはしなかった。
はっきり言って、血肉を分けた実の父親とか母親が実在してたこととか、母親が分裂してたことのほうが、よっぽどビックリだったわ。
しかも、母親の片方は猫耳被ってる幼女って!
どんなだよ⁉︎ この時点でツッコミどころ満載すぎるだろ⁉︎
つってもまあ、二人の存在が嬉しくなかったワケじゃない。
悪意に満ちた汚らしい世界だからこそ、我が子を大切そうに抱えて微笑む母親の姿は綺麗に見えたし、遠目にも温かく感じてたんだ。そういう希少な環境で育てられてる子供をうらやましく思わなかった、と言えば嘘になる。
二人の問題は、二人で解決してもらうにしても、だ。
ちょっとくらい、夢見たって良いじゃん?
一般的ではないにしろ、母親とか父親とか、家族とか家庭とか。
そういうのが、私にもあったんだって。
あっても許されるんだって、思いたいじゃん?
複雑な心境ではあったけど、二人が生きててくれて良かったって。
ソコだけは、普通に思ったよ。
でもさ。
でもさあ。
まさか、自分の『父親』の定義が総崩れするとは思わんかったわ。
なあ。
『父親』って、男だよな?
『父』って、男に使う言葉だよな?
いや、『父親代わり』なら女が使っても違和感はないし、理解もできる。
ぶっちゃけ、女同士や男同士で結婚して、養子を受け入れて、母親役とか父親役を分担しても良いとは思う。その辺はまったく問題ない。
当事者全員が納得した上で、最後までそれを守る覚悟があるんならな。
けど、アイツは実の肉親なんだよ。
紙切れに名前を連ねたとか、そういうのじゃなくて、『血縁』。
間違いなく血が繋がってる、正真正銘本物の、実の父親。
なのに、男じゃない。
母さんに私を産ませておいて、男じゃない。
かと言って、女でもない。
精神的などうこうじゃなく。
体が。肉体が。身体的特徴が。生殖機能が。
男でも女でもなく、男にも女にもなれる親。
なんなんだ?
どういう位置付けになるんだ、アイツ。
ついでに、そんな親から生まれた私。
そりゃあまあ、あの二人は人間じゃないんだし?
人間の枠内で考えて結論付けるのはどうかとも思うけどさあ。
生憎、こっちは自我を持ってからべゼドラに拘束されるまでの間ずーっと人間世界で生きてきたんだよ。
自分にわけが分からん力が備わってたって、神だの悪魔だのは荒唐無稽なオハナシに出てくる架空生物って認識でしかなかったんだ。
人間的な物の考え方に偏るのはどうしようもないだろ?
存在するかどうかはともかく、実の母親は女で、実の父親は男。
アリアも私も、それ自体は疑ってなかったんだ。
疑いようがなかった、のに。
夢は夢でも、こんな悪夢は要らんかったな。
「自覚してないだけで、実は私にも性別がない、とか言わんだろうな?」
「いや。アリアは多分マリアの無自覚な意志が素になって形を得た存在だ。アリアが受け継いだ俺の力を元に戻して、お前達が持っている元来の性質で極限まで高めれば可能だろうが、基本的には女のままだと思うぞ」
元来の性質? 基本的には? だと思う?
なんじゃそりゃ。
「めっちゃ、あやふやじゃんか」
「お前に関しては不確定要素が多いんだ。俺にも断言はできない」
「アルフリードとかいう奴を産ませようとしてたクセに?」
「力の譲渡方法なら、マリアとアリアの関係が前例になったからな。だが、言ってしまえばそれ以外は何も判っていない」
「ふぅーん?」
数千年前は何十年、現代になっても数年間はアリアと旅してたんだから、調べようと思えばいつでも調べられただろうに。
コイツ、母さんに関すること以外は本当にどうでも良かったんだな……
って。
「どこだ? ここは」
急浮上した意識に合わせて、少しずつ戻ってきた体の感覚。
どうやら首から下が、ふかふかで温かい物に包まれてるらしいが。
なんだ、これ? 布団?
どうして布団で寝てるんだ、私。
「アルスエルナの中央教会。次期大司教の第一補佐が使っている寝室だ」
「は?」
中央教会?
ってことは、アルスエルナの王都?
だいしきょーの補佐って…………
「は……はあああああっ⁉︎ ちょっ、ちょっと待て! 嘘だろ⁉︎」
くわっと開いた視界に飛び込む、真っ白な天井。
その天井の真ん中辺りに吊るされてるのは、指先で弾くたびにしゃらんと涼やかな音が鳴りそうな、ガラス製のシャンデリア。
仰向けのまま顔だけで周囲を見渡せば、村民や町人級の家ではありえない広さの明るい室内に、できればどんなに小さな傷も付けたくない高級家具。
勢い任せで起こした上半身に弾かれて二つ折りになった軽い布団は、毎日洗って干してんじゃないのか? ってくらい、さらさらで真っ白で清潔。
最悪だ。
抱える頭が一つじゃ足りない。
「こ……っんの、バカ親父! なに考えてんだお前は!」
「問題があったか?」
「問題があったか? じゃねぇだろ、このたわけ! すっとこどっこい‼︎ お前、人間世界の現状を忘れてんじゃないだろうな⁉︎」
私達が『創造神アリア』の再臨を図ってたせいで、人間世界の宗教方面は一触即発の一歩手前まで来てる。
べゼドラ達がどうにか止めてくれてたみたいだけど、私達の契約変更時に降った淡い光が、宗教団体間の疑惑と確執を深めたのは間違いないんだ。
もう、何がきっかけになって戦争が始まるか、私にも計り知れない。
なのに!
混乱の中心に居る私達本人が!
よりによって、アリア信仰の有力者と接触するとか!
コイツは阿呆か?
救いようがない本物の阿呆なのか⁉︎
「調子づいたアリア信仰の上に居る奴らが私達の存在を口実にして他宗教の弾圧とか始めたら、どうするつもりだよ⁉︎」
「元よりクロスツェルと共に来るつもりだったんじゃないのか?」
「クロスツェルはともかく、私が信徒と直に接触するわけないだろうが!」
「あら……私達の前に御姿を現してくださる予定ではなかったのですね? ロザリア様は」
「当たり前だろうが! 今じゃ髪と目の色が一致するだけでも女神の再臨と意思の体現を主張する材料にされかねないんだぞ⁉︎ 自分の存在が元凶で、大勢の人間が殺されるかも知れないって時に、わざわざ名乗りを上げながら渦中へ飛び込むノータリンがどこに居るよ⁉︎」
「ぅくっ……。す、すみません……ちょっと、胸が痛いです」
「いや、ここで謝られても困るんだけどさ! 悪いのはソコに居るバカ……おや、じ……で…………
…………なに、やってんだ? お前ら」
「お着替えですわ、ロザリア様」
「…………そうか。着替えか」
確かに、着替え中っちゃ着替え中、なんだろうな。
ベッドの脇っつーか、部屋の真ん中でそっくりな顔の女二人に挟まれてるレゾネクトは、すっかり見慣れたいつもの黒い上下服ではないし。
両腕を広げて立つ三歳前後のレゾネクトの足元には衣服が散乱してるし。
「ええほら、ロザリア様もよく目を凝らして、ご覧になってくださいませ。この、シミ一つ無く滑らかで柔らかな白い肌。艶やかで指通りもサラサラな眩い金色の髪。夕陽が落ち込んでいく空を連想させる透き通った紫色の目。幼児特有のぽてっとした頼りない輪郭を。こんなにも愛らしい容姿なのに、首から下の全身が真っ黒で味気無い服のままだなんて勿体ないでしょう? ですから、ぜひとも彼の魅力を存分に引き立てるお似合いの衣装に着替えていただこうかと。取り寄せた百着ほどの上下服で組み合わせを変えながら、いろいろと試させてもらってますのよ」
「……へえー……百着かあー……。そりゃまた、ずいぶん大量だなあ……」
「うふふ。それはもう、伝手という伝手を使い全力で搔き集めましたもの。ですが、残念なことにどれもそれなりに似合う程度で、特別これ、と言える極上の装いが見つかりませんの。素材がかなり優良なだけに、己の力不足が口惜しいばかりですわ」
「まあ……百着もあれば仕方ないっていうか、迷うのが当然っていうか」
「ええ。あと千着は追加決定ですわね!」
「…………ああー……そ、う。千着、ね……」
「無論! 下着も装飾品もお化粧も欠かせません! この際フリルドレスも試してみましょう! 男の子のままで!」
「ところで猪のね、じゃない、プリシラ=ブラン=アヴェルカインだっけ。起き抜けで悪いんだけどさ。一つ訊いても良いかなあ?」
「気になる発音はありましたが、さておき。なんなりとお尋ねください」
「そんじゃ、遠慮なく。あんたさあ……男でもあり女でもある実の父親が、気付かないうちに幼児化してた挙句、見知らない部屋で、同じ顔の女二人に着せ替えされてる場面を見ちまったら、どんな反応する? 私さ、一般民と言える生活とはほとんど縁がなかったもんで、こんな時、怒れば良いのか、呆れれば良いのか、悲しめば良いのか、全部見なかったふりをしてもう一回寝直せば良いのか……適切な判断を下せそうにないんだわ……」
男女どっちにも寄せられる身体機能を持ってる時点で、そこらの人間とは比べようがないのでは……なんて、そこんトコロは言われなくてもよぉーく解ってるから、小声で突っ込まないでくれ。服を回収してるほうの人。
「そうですわねえ。私も両親とは幼少の頃から離れて生活しておりますし、父に至っては、私を前にするたび何故かいつも両手で顔を覆ってうつむいていましたので、顔さえもよく覚えておりませんの。ですので一般的な感覚の答えとは多少異なるかも知れませんが、私の場合に限りますと」
「うん」
「まずは、右手で拳を握ります」
「うんうん」
「次いで、左手のひらを腹部に当て、唇を『は』の形に開いて固定」
「うんう…… ぅん?」
「目線と右腕をまっすぐ父へ向け、伸ばした人差し指を地面と平行の位置で留めましたら、思いっきり空気を吸い込みます。それから、小刻みに、かつ断続的に勢いをつけてっ」
「了解。尋いといてなんだけど、すまん。私には真似できそうにない」
顔も満足に思い出せない父親の玩具っぷりを笑い飛ばすとか。
こいつ、何気にヒドイ。
「笑い者を笑わなくて、どうするんですの?」
「いや、そんな、心底意味が解らないって顔で首を傾げられてもな⁉︎」
「二十代の幕を引こうとしている子供を持ちながら、実子ほどの女性二人に着せ替え人形の扱いを受け、頭に可愛らしいリボンを巻き付けた中身壮年の見せかけ少年なんて、笑ってあげる以外にどんな価値が?」
「ソレ一応私の親だから! 笑い者にしてる自覚があるならやめたげて! なんか今この瞬間にもぶっ倒れそうなくらい悲惨な顔色で震えてるから! 即刻やめたげて‼︎」
「お断りしますッ!」
「まさかの即行却下⁉︎」
「それはそれ。これはこれ。他人の親は他人の親。レゾにゃんには、もっともっと可愛らしくなっていただかなくては困ります。主に、私の気晴らしと目の保養となる為に‼︎」
「レゾにゃ……あんた、なに言ってんの⁉︎」
「冗談を言っています」
「冗談は実行したらあかーんッ‼︎」
疲れる!
こいつ、すっごい疲れる!
クロスツェルが露骨に避けたがるわけだ。
話術に長けてるとか、そんな可愛いもんじゃない。
他人の調子を狂わせる達人というか、精神をゴリゴリ削りにくるというか
「ですが、安心しました」
「へ?」
「聴くところによれば、ロザリア様は『女神アリア』の記憶を失ったまま、数年間を浮浪児としてお過ごしになられていたとか」
「そうだけど……」
私が寝てる間にそこまで話してたのか、このバカ親父!
……って、なんとなく責めにくいな、チクショウ!
「人間という生物は、良くも悪くも己が置かれている立場から世界を量り、己の認識の枠に填めようとするものです。私自身にその経験は皆無ですが、寄る辺なき者達が内に抱く尽きない負の感情を知らぬわけでもありません。記憶を失った状態で、しかも同じ人間の手で苦境に立たされていた貴女は、もっと人間を憎んでいても良かった。蔑んでいても良かった。辛苦ばかりの世界なんか壊してしまいたいと願っていても、仕方がない話です。けれど、貴女は人間を護ろうとしてくださった。こんな醜く歪んだ世界でも、貴女は護りたいと本心で願ってくださっていた。それは、浮浪児であった貴女に、人間の良心を伝えてくれた人間が居たからでしょう?」
「!」
「多くの人間は、自身が傷付けられれば周囲を恨みます。負けて堪るかと、己を護る為に堅固な鎧を纏って、刃を磨きます。自身でも容易には脱げず、手放せなくなるほどに、隙間なく鋭く。反面、優しくされれば優しくしたいとも思います。愛を学んだ人間は、愛を教えてくれた種族の可能性と未来を愛し、その心と志を受け継ごうとします。貴女が世界を護ろうとする意志を示すたびに、私達は、貴女の周りに居た人達の優しさを知ることができる。だから安心しました。人間はまだ、手を取り合う余地を残しているのだと」
「え、ちょっと」
絨毯に膝を突いたまま、体の正面を私に向けて、額を床に……って、
土下座? なんで猪の姉ちゃんが、私に土下座?
「我が主神アリアにして心優しく気高い女神ロザリア。我らアリア信仰は、見苦しくも内部でそれぞれの主観と利益に基づいた派閥を作り、最早一丸となるのは至難の業という在り様です。彼らに真実と真意を伝えたところで、現状は悪化の一途を辿るばかりでしょう。私も……これからの信徒達を導く立場にありながら、ご意向に沿わせる力もなく、大変申し訳なく存じます」
「いや、そりゃあんたのせいじゃな」
「ですが。私のこの身も、この思考も、主神アリアへと捧げたものとして、幼き時分より誰に恥じることなく、自らの意思で育んで参りました。そして実際にこうして相まみえた貴女は、紛れもなく私がお仕えすべき真の主神。聖なる慈愛の女神」
「…………はあ。そりゃ、どーも……」
慈愛とか聖女とか、いい加減にやめてくれないかなあ。
聴いてるこっちが恥ずかしいんだけど。
「貴女が、人間のみならず全世界の平穏を願って御姿を隠すと仰るのなら、私が所有する力をすべて使い、アリア信仰を含むあらゆるものの視線から、貴女をお護りいたしましょう。貴女が何者にも煩わされない環境をお望みであれば、私の全身全霊をもって、安らげる静寂の場所を提供いたします」
……要するに。
「誰にも言ってないから信じてくれ、と?」
「私は自らの意思で主神アリアに、女神ロザリア様に忠誠を誓っています。お疑いでしたら、いかようにも御下命下さいませ」
「別に、疑っちゃいないけどさ……じゃ、ソコで石像になってるバカ親父を解放してやってよ」
「この場で私に死ねと⁉︎」
「泣きながらぶっ飛んだ発言すんなよ! ホント滅茶苦茶だな、あんた⁉︎」
「可愛いものを可愛いと愛でるのは、全生物の使命であり義務ですのよ⁉︎」
「そんな使命も義務も聴いたコトないわ!」
「私が作りました!」
「だと思った!」
仕方ないとかぼやきつつ立ち上がり、渋々片付けを始める同じ顔の二人。
そんな背中を横目に、どうして寝起きで声を荒げてるんだ、私は……と、うつむいて、ため息を吐いた瞬間。
「外見や中身がどうであれ、ロザリア様が父親だと認めているのであれば、それがロザリア様の答えで良いと思いますよ」
猪の姉ちゃんじゃないほうが、そう呟いた。
パッと跳ね上げた視線の先で、よく似た二つの顔が私を見て笑う。
「「おはようございます、ロザリア様」」
その笑い方に、含みなどはなく……
「……なんだかなあ……。もー、すっっっっごい疲れた……。いつの間にか私の服まで変わってるし……」
「そちらは、リーシェさんにも手伝っていただきました。今、温かいお茶を淹れますね。クロスツェルさんが作ってくださったお昼ご飯もありますよ。お腹が空いているようでしたら、すぐにお持ちしますが」
「頼む」
「かしこまりました」
「それと」
「はい?」
「解りにくいにもほどがある気遣いを、どうもありがとう」
私の心情を汲んで用意してくれた場面にしては、若干悪趣味だがな。
「「どういたしまして」」
同時に返事をした二人は、ベッドの周りに散らかった無数の衣服を素早く回収して飲食物を出してくれた後、それぞれの仕事へ戻っていった。
クロスツェルが用意した昼飯には、人間の習性を捨て切れてなかった頃のアリアが好んで食べてた百合根の煮物が入ってて、芋みたいにほくほくした食感と、ほんのり感じる甘味で、ちょっとだけ懐かしい気分になった。
ま、私自身には『食べてる記憶を見た』程度の思い入れしかないけど。
当時は調味料が少なくて、水煮くらいしか作れなかったんだよな。
でも、香り良い葉っぱで包んで炙り焼きにした百合根は良い感じだった。
火傷しそうになりつつ熱い熱い言いながら百合根を食べるアリアの姿は、絵面的に結構間抜けで笑えるぞ。
「な? バカ親父」
コッチのほうは、全然笑えないがな。
「お前、いつまでそうしてるつもりだよ?」
「…………………………………………。」
頭に赤いリボンを巻いてる、現代風のおしゃれ(?)な幼児。
白いシャツに青いズボン、赤茶色のベストを着て茶色の皮靴を履く奴は。
プリシラが奴宛てにお願いと称した外向けの用事を持ってくるまでの間、ひたすら無言でカカシに徹していた。
もしも誰かに祈って願いが叶うなら。
私の『家族』が、これ以上壊れたりしませんように。
わりとマジで、お願いします……。
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