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逆さの砂時計

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純粋なお遊び
  合縁奇縁のコンサート 6

 vol.7 【りーすりんでちゃんのなやみ】 ※今回は二本立てです

「はぁあああ~~……。やっぱり、泉の近くが一番落ち着くわ……」

 両腕を真っ青な空へ向けて突き上げながら、思いっきり背筋を伸ばす。
 人間の世界で感じてた(よど)みのようなものが体の芯から抜けていく感覚。
 うん。気持ち良い。
 本当は、泉の水に浸かればもっと早く楽になれるんだけど。
 今は花園に居ても心地が良くないから、聖天女様が精霊達と話してる間、聖天女様とフィレス様が見つけたって前に言ってた小さな滝のほうに来て、透明な花の群れを仮の居場所にしてる。

 花園に戻りたくないってわけじゃないんだけど。
 最近は帰ってくるたびに、毎回必ず同じことを言われるから。
 ちょっと距離を置きたいのよね。

『もう、良いんじゃない?』
『いつまで人間世界に居るつもりなの?』
『早く帰っておいでよ』
『このままじゃ、リースまで穢れちゃうわ』

 精霊達にしてみれば当然な疑問と心配。
 私だって、リオやリーフがマクバレンの所へ行く、なんて言い出したら、絶対に同じ言葉をぶつけてる筈だもの。

 魔王レゾネクトの脅威が去った今、命の源である泉を離れて人間が集まる場所に留まる行為は、精霊にとって自虐でしかない。
 そんなこと、誰に言われなくたって、自分自身が一番よく解ってる。

「解ってるのに、どうして私は……」
「リースリンデ?」
「! 聖天女様」

 滝の近くに突然現れた聖天女様の声に反応して、透明な花弁から反射的に翔び上がってしまった。

「ああ、そこに居たのね」
「……はい」

 この滝や透明な花は、『水鏡(みかがみ)の泉』と水源が同じだ。
 そのせいで、近くに居る者の力や気配を丸ごと覆い隠してしまう。
 人間の指くらいの大きさしかない私達は、特にそうなんだけど。
 大きな声や物音を立てたり、目視できる範囲に飛び出したりしない限り、『空間』を司る聖天女様にだって、簡単には見つけられない。

 だから、かしら。
 意図して隠れていたつもりはないのに、振り返った聖天女様の安堵を含む笑顔を見たら、意地悪してごめんなさいって気持ちになってしまう。

「じゃあ、教会へ戻りましょうか」

 右肩に座った私の頭を軽く撫でて、聖天女様が優しく微笑む。
 その右腕で抱えてるのは、丸くて厚みがある木蓋を被せた茶色の小壺。
 カップで大体二十杯分ほどの中身は、私とゴールデンドラゴンのティーが教会で飲む為に、二日に一度の頻度で泉から分けて貰ってる水だ。
 聖天女様もたまには飲んでいらっしゃるみたいだけど。
 大半はティーが飲んじゃってるのよね。
 いっそ、ティーの為に運んでくださっていると言っても間違いじゃない。

 今頃はきっとベッドの上でゴロゴロしてる、あのゴールデンドラゴン。
 少しは聖天女様に感謝して、自分から手伝う姿勢を見せれば良いのに。
 今回もまた、お礼も言わずに平然とがぶ飲みするんだろうな。
 あの聡明なバルハンベルシュティトナバール様の記憶を受け継いでるとは到底思えないふてぶてしさよね、まったく。
 手伝いたくても(物理的に)手伝えない私の身にもなってほしいわ。

 いえ、まあ……そんなに聖天女様の負担が気にかかるのなら、私だけでも泉に留まれば良いんじゃない? って話なんだけど……
 けど…………

「うぅーんん──……っ にゅわあああっ!」

「⁉︎ ど、どうしたの?」
「ふぁ⁉︎ あ、すみません、つい」

 突然頭を抱えてジタバタし始めた私に驚いた聖天女様が、薄い水色の目をまん丸にして、私の顔を心配そうに覗き込んだ。
 聖天女様の顔を叩いたり蹴ったりしないよう、慌てて座り直す。

「何か悩んでる?」
「いえ、その」
「泉を避けていることと、関係があるのかしら?」
「うっ」
「……私では、相談相手にもならない?」
「っそ! そんな言い方は……ずるい、ですっ」
「ふふ、ごめんなさい」

 お節介な性分なのね、私。
 と、口元で苦笑しながらも、それ以上の言葉を重ねようとはしない。
 ただ、どこへも移動せずに、私の頭を撫で続ける。

 ずっと、撫で続ける。
 延々と、撫で続ける。
 黙々と、撫で続ける。
 ひたすら、撫で続ける。

「…………分かりました。話します。お話しますからもうやめてください。気持ち良すぎて眠ってしまいそうです」
「まあ。私の肩で眠ったら、転げ落ちてしまうわよ?」
「わざとですよね。狙ってやってますよね」

 聖天女様に撫でられるのが好きな精霊は、結構多くて。
 撫でられてる間にうっかり眠ってしまう事例も少なくない。
 撫でている張本人に、それを知らないとは言わせませんよ。

「知ってる? 深い眠りには心身の癒しや成長促進に近い効果があるのよ」
「私の場合は、全身打撲で昏倒とかになりそうです」
「そうなる前に支えてあげるから大丈夫よ」
「嬉しすぎて涙が出そうなお申し出ですが、別の機会にお願いします」
「支えること自体は断らないのね?」
「聖天女様の手は気持ち良いので」
「存外真面目に切り返されて、内心ちょっと照れています」
「そんなところもお可愛らしいと思います」
「ありがとう。褒め殺して話を逸らそうとしても聞き耳は立ててるからね」
「本心ですよ」
「……………………。」

 聖天女様の目が右へ左へ忙しく泳ぎ、頬と耳が見る見る赤くなっていく。

 勝った。

 とはいえ、話しますと自分で言ったのだから、ちゃんと説明はするけど。

「……アーさんの傍を離れたくないと思ってる自分がいるんです」
「あら、恋話?」
「どうしてそうなるんですか。精霊が人間相手に恋愛感情を抱くわけがないでしょう。そもそも、私達精霊にそんな感情は存在しません」

 あったとしても、人間のそれとは在り様が違うんじゃないかしら。多分。
 話には聴くけど、私達の認識とすり合わせた例がないから……
 なんとも言えない。

「人間は嫌いです。聖天女様達が命を懸けて護ってくださったこの世界を、我が物顔で喰い荒らしてるし。それを当たり前の権利だと思ってるし。他の種族がどれだけ迷惑を被っているのかとか、全然考えてない。あんな汚くて醜悪な種族、大っ嫌い」

 王都で見た恐ろしいほど傲慢な景色の数々を思い出して、体が震える。
 少なくとも、あんな怖気を震う王都にだけは、二度と近寄りたくない。
 これだけは確かだ。

「アーレストさんも人間よ? コーネリアの歌声とそっくりな力を持ってはいるみたいだけど」
「だからこそです。人間は嫌いなのに。精霊(仲間)を心配させてる自覚はあるのにそれでもアーさんの傍を離れたくないと思ってしまうのは何故なのか……。自分でも、さっぱり解らないんです」

 人間の世界は嫌い。近寄りたくない。
 泉の近くが一番落ち着く。

 そう。
 人間であるアーさんの近くに居ても、良いことなんかないのに。
 ふとした瞬間、アーさんの傍へ『戻りたい』と考えてる自分に気付く。
 人間がどうなろうと構わない筈なのにアーさんの体調は気にかけてたり。

 支離滅裂よ。
 まったくもって、わけが分からない。

「…………私は、なんとなく解るかな」
「え?」

 再度頭を抱えそうになった私に、聖天女様が呟く。

「もしかしたら、明日になればリースリンデにも解るかも知れない」
「明日、ですか?」
「リーフエラン達にも許可を貰ったから、明日は一緒に泉へ行きましょう」
「でも」
「大丈夫。きっと、リーフエランとリオルカーンが解決してくれるわ」
「リーフとリオが?」

 リーフエランもリオルカーンも私が教会へ行くのを反対してるのに。
 そのふたりが、教会へ戻りたがる私の悩みを解決してくれる?

 というか、許可って何の?
 と、首をひねる私を見た聖天女様は、無言で微笑み、また頭を撫でた。


 翌日。


 青い空、白い雲、生い茂る緑、色鮮やかに咲き乱れる花々の反転した姿をくっきり鮮明に映し出している泉の畔で。

「……人間ね」
「……人間だわ」
「どうして人間なんかを花園に……」
「全然動かないけど、寝てるの?」
「もう、何を聴いてたのよ。聖天女様がさっき眠らせてから連れてきたって言ってらしたじゃない」
「違うよ。正確には、聖天女様の結界で、器と意識を分離させてるんだよ」
「眠ってるのと何が違うの?」
「自発的に覚醒できるかできないか、とかかなぁ?」

 興味半分、嫌悪半分といった様子で集まってきた精霊達が、横たわってるアーさんを取り囲んで、言葉を交わし合う。
 あまり大声で話さないでねって言われてるから、皆それなりに潜めてる。
 ちなみに聖天女様は、教会を空けて万が一問題が起きたら困るからって、私とアーさんを置いて早々に引き返してしまった。

 昨日、聖天女様が仰っていた『ちょっとした恩返し』って、花園で一時間眠らせてあげることだったのね。
 確かに、結界で意識を閉じ込めてしまえば妙に音を気にするアーさんでも落ち着いて眠れるかも知れない。
 器が音を拾っても、認識する思考は働かないから。
 人間の世界には、草花の香りで緊張を解す医療があるとかなんとかって、王都で聴いたし……アーさん本体を花園に連れてきたのも、身体に蓄積した疲労を少しでも和らげる為?
 
「これが、リースリンデを人間の世界に引き留めてる人間なの?」
「どこにでもありそうな器ね」
「リオ、リーフ」

 アーさんの寝顔を覗き込んでたら。
 リオルカーンとリーフエランが横並びで、私の傍に恐々と飛んできた。
 やっぱり、ふたり共アーさんに好意的な姿勢は見せない。

 当然だよね。
 アーさんは人間だもん。
 精霊族が、人間なんかに好感を持てる筈……

「でも、似てる」
「え?」

 アーさんの正面に回って顔を覗き込んだリーフが。
 数回瞬きをして、首を傾げた。

「具体的にどこがとは言えないけど、クロスツェルに似てるよね? これ」
「…………そうね。言われてみたら、そうかも」

 リーフに促されてアーさんの目元を覗き込んだリオも。
 少しの間を置いて、浅く頷く。

「クロスに似てる? アーさんが?」
「「うん。似てる」」

 ふたりの後を追って、アーさんを正面から覗いてみる。
 アーさんはどこからどう見ても人間そのものだし。
 アリア様達に護られてるクロスとは、全然違うと思うんだけど……

「クロスに、似てる?」

 聖天女様が結界を解かない限り、決して開かない目蓋。
 その奥に隠れた金色の虹彩を思い浮かべた途端。
 キラキラ光るクロスの瞳と面影が重なった。

 優しく微笑む、星明かりみたいに綺麗な人。

「……そう、か。そうだったんだ。アーさんがクロスに似てたから、私は」

『リーフエランとリオルカーンが解決してくれるわ』

 聖天女様が仰った通りだ。
 クロスを知ってるふたりが、私に教えてくれた。

「ふふっ! ありがとう、リオ! リーフ! ようやくすっきりしたわ!」
「え?」
「なにが?」

 胸の(つか)えが下りた喜びで、空高く舞い上がる。
 そんな私を、キョトンとした顔で見上げるふたり。

 うん、いきなり何の話? って思うよね。
 だけど私は、聖天女様とふたりのおかげで確信したわ。

「私はやっぱり、人間なんて大っ嫌い!」
 
 アーさんとクロスは似てるから。
 だから、一緒に居たかっただけ。

 この世で綺麗だと思える人間は、やっぱりクロスだけ。
 クロスだけが、綺麗なヒト。

「また、会えるかな。会えると良いな」

 私に柔らかく笑う、優しくて綺麗なクロスに。
 もう一度、会いたい。




 vol.8 【ふときづく、まりあさま】

 アーレストさんを花園に預けてから、約五十分後。

「ごめんなさいね。貴女達が嫌ってる人間を大切な花園に預けてしまって」
「大丈夫です! 起きてたら嫌でしたけど、ずっと寝てますし」
「なにより、聖天女様のお願いですから」

 アーレストさんを迎えに来た私を、精霊達が歓迎してくれた。

「ありがとう」

 ふわふわと風に舞う綿毛みたいに寄ってきた彼女達ひとりひとりの頭を、誤って叩き落としてしまわないように、そっと撫でる。
 感触を気に入ってくれるのは嬉しいんだけど……大きさの違いもあって、宙に浮いていられると力加減が地味に難しいのよね。

「私も連れていってください、聖天女様」
「あら、リースリンデ。……すっきりした顔ね」
「はい! 私、聖天女様が教会に居る間は、ご一緒したいです。なんとなくですけど、アーさんと居たら、もう一度クロスに会える予感がするんです」

 嬉しそうな満面の笑顔。
 他の子達も、精霊族の救助に一役買ってくれた人間や女神が絡んでいると知ったからか、不承不承ながら反対はしないみたい。

 どうしてアーレストさんの傍に居たいと思うのか。
 リースリンデは、その答えを見つけたのね。
 そして、私と同じように『似ている』と感じてたのね、やっぱり。
 アーレストさんとクロスツェル。
 二人に共通する綺麗な金色の目が、互いを連想させるのかしら?

「そうね。近いうちに会う機会があれば良いわね」
「はい! あ、ちょっとだけ待っててください。私は私で、透明な花の実を持っていくので!」
「それなら私が、」
「いえ! 自分で運びます!」

 教会へ戻るついでに連れていってあげる、と言いたかったんだけど。
 あんなにウキウキされたら、呼び止めるのもためらっちゃうわ。

「分かりやすい子ねぇ」

 心優しく義理堅い反面、自然の循環を破壊するものには攻撃的な精霊達。
 私やアリア達やティーの力を持っていたからとはいえ、ここまで彼女達に懐かれるなんて、滅多に………………

「……え? あら?」
「? どうかなさいましたか?」

 透明な花の実を摘みに行くリースリンデの背中を見送る私に、左肩周辺で浮遊していたリオルカーンが、不思議そうな声色で問いかける。

「ん……。ねえ、リオルカーン。貴女達精霊って、人間の外見は、ほとんど見分けられないと言ってなかった?」
「はい。さすがに、色合いや性別や極端な年齢の差くらいなら判りますが、同性・同世代の微妙な違いを述べよ、とか言われちゃうと、難しいです」
「じゃあ、クロスツェルとアーレストさんの容姿に違いは?」
「髪の色が違うだけの、同じ顔にしか見えません」
「当然、リースリンデにも」
「同じに見えてると思いますよ」
「……そう、よね?」

 私は、外見とか雰囲気がどことなく似てるかなって思ってたんだけど。
 最初から同じ外見にしか見えてないのなら、リースリンデが一ヵ月もの間悩んで気付いた二人の共通点は、()()()()()()ってこと?

 目には見えてないモノ……。
 力の面だと、アーレストさんが持ってる力と、クロスツェルが受けているロザリア達の加護では、系統が違うっぽいし。
 精霊達はアーレストさんを汚いとも綺麗だとも言ってないから、その点で似ているとは言いがたい。
 しかも。

「リオルカーンは、クロスツェルが好き?」
「リース達を助けてくれた点では感謝してますし、稀に見る綺麗な人間だなとは思いますが、それ以上の好感はありません」
「……でしょうね」

 リースリンデと他の精霊ではクロスツェルへの感情に大きな開きがある。
 『なんとなくクロスツェルと似てるから』って理由で、アーレストさんの傍に留まりたいとまで思うのは、多分リースリンデだけ。

 つまり、精霊達が似ていると感じた二人の共通点は。
 外見でも、神や悪魔が持つ力でもなく。
 もっと別の、『本来なら精霊族の好感度には影響しない何か』?
 
 精霊に恋愛感情はない、って言ってたけど。
 もしもその通りだとしたら。
 リースリンデはクロスツェルの()に、どんな好意を持っているのかしら。


 
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