逆さの砂時計
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この手を伸ばして
「せん……、きょ? なんだ、これ?」
名前も知らない街の大通り沿いに立ってる、そこそこでかい木製の看板。
黒いペンキか何かで縦二列、横四列の四角い枠を書き。
その内側に、顔の絵が貼り付けてある。
人相書きの掲示かと思ったが、何度か見て覚えた看板の右端に書いてある文字をよく読めば、『第十三期 議会員総選挙 候補者掲示板』とか。
まあーた変な制度を作ってるらしいな。
あれか。
居住地の区画だの規則だのの整備とか、他の地域や他国との取引の為に、自分達の顔となる代表者を多数決で選ぼうって奴。
民主主義、だっけか?
聞いた瞬間にアホかと思って右から左へ流したから、詳しくは知らんが。
んなモン、選ばれたほうは、これ幸いと好き勝手するに決まってるし。
選んだほうは、責任逃れの良い口実が出来て、その分だらけるだけだろ。
何か問題が起きても、
「お前らが俺を選んだんだ[俺の考え通りにさせろ]!」と
「選んでやったんだから[俺達にだけ都合が良い]仕事をしやがれ!」
の応酬で、業務停滞がオチだ。
役割分担なんざ、個々で総合の基礎が出来てなきゃ成り立たんだろうが。
いい加減に学習しろよ、マジで。
「アルフリードを勇者に仕立て上げた頃から、少っしも変わってねぇよな。何より自分が大好きなクセに他人依存ってか? ハッ、くっだらねー」
判断基準は、自分の都合と自分の気分。
自我の尊さを主張するわりには、他人の意思など二の次、三の次。
五十歩百歩の苦労比べで、面倒事を押し付け合い。
失敗したら他人事で、責めたい放題・八つ当たり・憂さ晴らしの標的。
成功したら仲間ヅラで褒め讃え、支えありきと言わせて美味いトコ取り。
押し付けられた側にも、押し付けた側にも、例外なく潜んでる
無自覚な自己中心的横柄さ。
無自覚な被害者意識。
無自覚な無責任思考。
お前の自己責任だと、好き勝手に軽々しい言葉を放つ第三者の他責思考。
計算し尽くした損得勘定に、ほんの少しの罪悪感。
それすら誤魔化す逃避癖。
人間って奴は、どこまで……
『サクラの森へ』
「! フィレスか」
声が聴こえた。
レゾネクト出現の合図だ。
「あっちに出たのかよ。ったく、面倒くせぇな!」
サクラの森……東の大陸か。
一番近い合流地点は、海。
太陽の位置で方角を、周囲を見渡して人間の目を確認、街を跳んで出た。
「ベゼドラ!」
数十回跳躍した先、白波が立つ浜辺で。
猫耳付きの帽子を被った子供マリアの手前に着地する。
つか、本当に被ったのか、それ。軽い嫌がらせのつもりだったんだが。
「フィレス様の羽根に向かって直接跳ぶのは危険だから、打ち合わせ通り、私が跳べる範囲内ギリギリの場所を少しずつ移動するわ。手を離さないで」
離すなも何も、お前が俺の腕を抱えてんだろうが。
って、…………うん?
「なんだ。泉に戻ってたのか、お前ら。人間共はどうした?」
「マクバレン達なら、研究所へ帰ったわ。すっごい渋々だったけど」
子供マリアの首元から、三色六つの目が俺を見上げる。
微妙に怯えてるが、俺に対してじゃないな。
猫耳の帽子にしがみついてる、金色のデブドラ
「にゃうっ!」
「……お前、俺の考えてることが分かるんじゃないだろうな?」
「みょにゅみ、みにゅにぇいにゃみゃにゅみょにゃ」
俺を睨んで、喧嘩を売ってる気もするが。
「さっぱり解らん」
「ティー。彼の言動をいちいち気にしていたら負けよ」
「……みゃみみゃに」
「おいコラ。今、物凄くバカにしただろ」
「さ、行くわよ」
無視か。
この野郎。
「ある程度近くに行かないと遠見もできないの。状況がはっきりするまで、あまり話し声や物音を立てないで」
「それ、遠見って言うのか?」
「仕方ないでしょう。応用技をいくつ考えたって、実質無力なのよ。私は」
「確かに。戦う時は邪魔になりそうだ」
「にゃうぅ」
「なんだよ」
不満そうに俺を睨んだって、事実は事実だろうが。
「黙って。次よ」
一歩も動かないうちに、景色が二転三転してたかと思えば。
最後に薄紅色の花弁の嵐が押し寄せてきた。
四方八方、見渡す限りのサクラの木。
過去にも何度か見たが、これだけ密集して生えてるのは初めてだ。
マリアの記憶でも、じっくりは見てなかったからな。
なんつーか、うざい。
びらびらびらびら落ちまくってんじゃねーよ!
邪魔!
「みゅー……」
「…………」
「「「…………」」」
なんだよ、そのジト目。
情緒を理解しろとか言うなよ?
景観の美なんざ知ったこっちゃねーぞ、俺は!
「はあー……」
わざとらしくため息を吐くな、鬱陶しい!
「ん」
ん?
……上?
俺から離れた子供マリアの左手の人差し指が、上空を指した。
青い空に目を凝らせば、縦長な点が二つ。
白い雲の間で、付いたり離れたりしてる。
あれか。
「この距離なら聞こえないだろ。花の実で気配も消してんだし」
「念の為に、音は潜めて。相手はレゾネクトなのよ? 油断しちゃダメ」
言いながら、じぃっと点を見上げる子供マリア。
コイツは今、レゾネクトとフィレスの様子がしっかり見えてんだよな。
俺の目でも、服の色が判る程度だってのに。
なんか腹立つな。
「俺にも見せろ」
「え? ちょ」
棒立ちの子供マリアに口付けて、視界の一部を俺に移す。
なんだ、ありゃ?
手のひらより、二回りくらい大きめなカード?
「にゃうっ!」
「ぃでッ!」
ティーのボールみたいな体が突然、横から頭にぶつかってきた。
衝撃が半端ない。
一瞬、視界が激しくブレた。
「その質量で体当たりとか、何考えてんだデブドラ!」
取っ捕まえようとしたら、今度は目尻を吊り上げた三精霊が、俺の耳元で一斉に喚きだす。
「アンタこそ、聖天女様に何をするのよ! この黒焦げ男! 最ッ低!!」
「やっぱり悪魔は、破壊とそれしか頭に無いのね! この汚物!!」
「聖天女様を汚さないでよ、幼女趣味のケダモノ! 害虫!! ゴキブリ!!」
「おいコラちょっと待てテメェら! どこで覚えてきた罵倒か知らねぇが、好き放題ぬかすな! 俺に幼女趣味は無ぇし、コイツの実年齢は数千」
「ベゼドラ。うるさい」
ひっ!?
な、なんだ?
子供マリアが急に猛吹雪を背負った?
なんか知らんが……滅茶苦茶怖ぇ……!
「はあ。ベゼドラは空間を繋いで上空の様子を見たかっただけよ。大丈夫。それより、フィレス様に加勢して! レゾネクトを探ってるみたいだけど、このままじゃ危険だわ!」
「にゃっ」
子供マリアの要請に応え。
宙に浮いた状態で軽く沈んでから、凄まじい速さで翔び上がるティー。
子供マリアから奪った視界に、金色の塊が勢いよく滑り込む。
ふん。
なかなか、やるじゃないか。
デブドラはデブドラだがな!
「…………え?」
「なんだよ」
俺が奪ったのは、子供マリアが肉眼で捉えてる視界。
それと、子供マリアが『空間』を通して見てる『映像』だけ。
フィレスとレゾネクトが喋ってても、俺には口パクだが。
子供マリアには、しっかり聴こえてるらしい。
会話を拾ってる子供マリアの表情が、みるみる戸惑いに染まっていく。
「どういうこと? レゾネクトが、私に、何? ……今度こそ? じゃあ、ティーはレゾネクトに殺されていたの!?」
あ?
んなもんは予想の範囲内だろ。
何を今更。
「っと」
フィレス達が居る辺りで、金色の閃光が走る。
レゾネクトが避けた後も尾を引く光は。
地上に触れる直前で、溶けるように消えた。
あれが、大昔に神々や悪魔を圧倒してたとかいう、ドラゴンブレスか。
どんな殺傷効果があるんだか、見た目じゃ分からんな。
「! 喚ばれる。ベゼドラ、聖天女様を護って!」
突然何かに反応したリースリンデが、俺を見てそう言うので。
俺は
「ヤだ!」
とだけ、答えてみる。
「……もう、本当に……っ、ベゼドラのバカーッ!」
リースリンデの叫びを残して、三精霊の変身姿が上空に移動する。
一瞬言葉を失って呆然とする様は、なかなか面白かったぞ。
せいぜい、ガンバレ。
「マリアがティーを巻き込んだのね。確かに利用しようとは思ってたけど、力をほとんど失くしたと分かっていたのに……。まさか、あんな状態の彼を連れて行くなんて」
額に手を当てて、苦々しげに唇を噛む子供マリア。
顔色が曇りまくってるが。
多分、連れてったんじゃなくて、ついてったんだろうな。
でなきゃ、日記の末尾に『これで良い』とは書かんだろ。
知らんけど。
「良かったな。一人じゃなくて」
「そっ────! …………え?」
怒りかけの顔を勢いよく上げた子供マリアが、間を置いて目を瞬く。
「もしかして今、慰めてくれたの?」
「寝言は寝てから言え」
「貴方、本当は人間?」
「ざけんな。殺すぞ」
何が面白いのか知らんが、ニヤニヤするな気持ち悪ぃ……
って!
「跳べ、マリア!」
「手を!」
子供マリアの手を掴み、同じ森の少し離れた場所へ、空間を移動する。
直後、耳にも痛い爆発音と衝撃波が、俺の背中に襲いかかってきた。
吹っ飛びはしなかったが、飛んできた石だの砂だの枝だのが微妙に痛ぇ。
精霊共め。
フィレスだけ護りゃ良いってもんじゃねーだろ!
ちゃんと、ティーの防御もしろよ!
迷惑な!
「大丈夫?」
爆風から護ってやった子供マリアが、腕の中で俺を見上げる。
「死んだように見えるか?」
「社交辞令よ」
「そりゃどーも !」
映像の中でフィレス達が止まってる。
あの間抜け、首を押さえられやがっ……
……なんだ?
レゾネクトに妙な違和感が。
「フィレス様!」
「! 動くなマリ」
同じ映像を見てる子供マリアが、焦りを露わにした。
今にも跳びそうな腕を押さえて
「やめろぉおおおおぉぉおお────!!」
……微かに聴こえた、今の声……。
映像の中、心臓を貫かれる寸前のフィレスを横からかっさらった人影が、疾風よりも早く空中を翔んで、レゾネクトから距離を置いた場所に留まる。
フィレスより小さな体。
白い肌を覆う真っ白な長衣。
マリアと同じ、白金色の長い髪。
フィレスを庇う背中に、純白の翼。
俺達が狙ってたのは、アリアだ。
俺を数千年もの封印に捕らえやがった、美しくも忌々しい女神。
だが、あれは。
髪はあの頃に比べるとだいぶ長いが、あれはアリアじゃない。
やっぱりそうだ。
『自分以外の時間の流れに観測された事実は、なかったことにできない』
アリアは、巻き戻されていくわずかな時間の中で、もう一人の自分であるロザリアをなんらかの方法で観測して、自分で掬い上げてた。
アリアに戻った瞬間の、あの涙は。
怪我の時間を戻せば消える血と同じで、レゾネクトに都合が良いアリアへ戻された瞬間にある筈がなかったあの涙は、アイツの物だった!
アイツは、消えてない!!
「ロザリアぁあああああ────っ!!」
…………気付いた。
俺の声に気付いて、俺を見た。
なら、逃がさない。
お前を見つけた。
このバカバカしい、くだらない世界の中で、お前を見つけたんだ。
二度と離すもんか!
誰にも、何にも、邪魔はさせない!!
「…………っ!」
強ばった表情の子供マリアが、俺から溢れた虹色の羽根に触れて固まる。
同時に、世界が色と音を失う。
俺以外の、すべての時間が停止した。
「動け、マリア!」
子供マリアの肩を叩いて、子供マリアとその周りの時間を進める。
突然の変化に驚いてるが、構ってるヒマは無い!
「目視できてんなら行けるだろ!? 俺をロザリアの前に跳ばせ! 早く!」
「え……、ええ!」
跳躍するには遠すぎるし、俺は浮遊できない。
子供マリアをせっつき、ロザリアの目の前へ空間移動させた瞬間。
俺の声に反応してうつむいたロザリアの首へ、両腕を伸ばして絡める。
そして。
「っな!? ベゼドラ!?」
ロザリアの時間を動かした途端、揃って落下しそうになるが。
慌てたロザリアが翼をバタバタと動かし、なんとか姿勢を立て直した。
「ちょっ、重い!」
この、女の子供らしい高めな声。この、刺々しく雑な口調。
クロスツェルの体を通してずっと感じてた、存在の形と熱。
やっとだ。
やっと、届いた。
「ロザリア」
ようやく捕まえた細い肩を、潰すほど強く抱きしめ。
求め続けた感触を確かめる。
柔らかで温かく、陽光と風と花の匂いがする。
「おい!?」
「……こんっ、の……」
苦しそうに呻くロザリアの顔を覗いて、深く深く息を吸い。
「バ……ッカ、娘がああ────っ!!」
腹の底から張り上げた声で、ロザリアの耳を突き刺した。
空気の振動が無いせいか、周りには大きく響かない。
「…………はあああああ!?」
しかめっ面で俺を睨み。
いきなりなんだと非難する。
「おまっ」
「お前ごとき臆病者が俺らを護るなんざ、五万年早ぇわ、ボケ! 大人しく俺に毎日抱かれてろ、バカロザリア!!」
「バ……って、なんだそりゃ!? ここに来てまだそんなコト言ってんのか、この天下無双級・変態頂点バカは! 全然反省してねぇどころか、丸っきり聴いてなかっただろ!? 私は、お前らなんかっ」
「いいから、俺と来い! レゾネクトとの契約なんざ棄てちまえ!」
「っ!」
ぐ……っ、と喉を詰まらせたロザリアが。
唇を噛みしめて、気まずそうに目を逸らす。
「私は、行けない」
「クロスツェルか」
薄い緑色の目が揺らぐ。
ったく、あのバカ野郎。
とことん面倒くせぇ!
「っぬわ!? てめっ、なにすんだ!」
片腕で、ロザリアに全体重を預け。
コートに入れてた花の実を取り出して、ロザリアの頭頂部で握り潰す。
溢れた水が、俺の指とロザリアの髪を濡らした。
三分の一程度しか残ってなかったが、無いよりはマシだろう。
「お前、本当いい加げ、んぅ!?」
文句しか出ない口を塞いで、ついでに舌も挿れてやった。
クロスツェルの体でシてたのとは、感触が全然違うな。
当然か。
「それ以上、俺の物に触るな」
「!」
ドン と、鈍い音がした。
「……ベゼドラ……!!」
ロザリアが、元々大きな目を、これでもかと見開いて。
俺の胸部を貫いたレゾネクトの腕を見る。
この野郎……ティーの力で世界の時間を止めてても動き回れんのかよ!
マジで腹立つヤツだな!
だが。
「遅ぇよ、ばぁーか」
ロザリアに直接触れれば、俺達の勝ちだ。
腕が抜けていくのを確認して、時間を進める。
世界に音と色が戻る。
テメェら、やること解ってんだろうな?
お前も、しっかり働け!
「起きろ、クロスツェル!!」
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