つぶやき

こばやかわひであき
 
牡丹視点の50話
あけおめなのです。こちらでは挨拶してなかった……
こっちでも投稿しておきますねー。


―――――――
鋭い痛みが自身の腹を襲った。
 ゆっくりと顔を下げて見やると……突き出る白刃が血に濡れててらてらと輝いている。
 血が気管の奥に込み上げ、気持ち悪さに無意識のうち咳き込んだ。
 ぼたっ、と血が落ちる。ストン、と膝から力が抜けた。
 大地を染め上げる赤と、横を通り過ぎる赤。
 なんら力が入らない。致命傷であると直ぐに理解出来た。もう……生き残る事は出来ないのだろう。

「ダメ……まだ、ダメ、です……私は、まだ救ってない……白蓮様……を、救わ……ないと」

 力を入れようとするも、拳には力が入らなかった。流れ出る血と一緒に全てが抜け出ていくかのよう。
 頭を埋め尽くしていく白があった。
 白、白、白が浸食し始める。
 愛しい主の思い出を反芻。繰り返し繰り返し、思い浮かんでくるのは大好きなあの笑顔。

「まだ、死んでたまるもんですか……私は、関靖……白馬の片腕、なんですよ」

 何度も何度も、彼女の笑顔を思い浮かべ、もがいて足掻く。
 抜け落ちた力を振り絞り、血を吐きながらも立ち上がろうと……しかし出来るはずなかった。
 涙が出た。身体が寒かった。恐怖があった。

――また、救えないんですか……

 頭の中でつぶやいて……違和感を覚える。
 抜け落ちていく力に反して、頭には何かが流れ込んできた。

 赤い髪が舞っていた。
 頸を飛ばされ、赤い髪が舞っていた。

『白蓮様ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!』

『お前がっ! お前たちさえいなければっ! 何度繰り返してでもっ……お前達袁家だけは必ず殺してやりますからねっ!』

『袁家に絶望を! 愛しい白馬の君を殺し続ける袁家に永久の苦しみを! 幾たび繰り返し、お前たちを殺してあの人を救えるまで……私の命を呪いと為して!』

――ああ……思い……出した。

 めぐる記憶は幾年もに渡り。
 その都度、彼女を救えない懺悔と後悔と慟哭に沈んできた。
 それでも愛しいあの人に生きて欲しくて、私はずっとずっと繰り返してきた。
 このループと嘗てのループには、相違点があったと気付く。
 いないはずの男が居た。自分が慕ってしまった男が居た。
 自分だけが知っている、現代の言葉を偶に使う男だった。懐かしい料理を作っていたのだと、漸く気付いた。

――あいつは……私と同じじゃないですか。

 自分と同じ異物のおかげで、この地獄に救いが出来た。
 主は、彼女は、あの人は、大好きな白蓮様は……これで救われる。

――秋斗と一緒なら……必ず最後まで残れる……

 どれだけ生きてと願っても袁家と戦う事を選んだ彼女を、彼と一緒なら救い出せた。
 彼が与えた不可測と、私の命を以ってして。
 きっと彼なら、これからも守り続けてくれるだろう。
 殺すことなんて、絶対にない。だって……あんなに大切で楽しい時間を過ごしてきたのだから。

 霞む視界に赤い髪が見えた。
 憎くて仕方ない敵の声が聞こえた。
 意味は何も、分からなかった。

「ふ、ふふふ……私は、あのお方を逃がせたんですよ……死を選んだあのお方を救い出せたんです……ああ、でも、もう手伝えない。そういう事だったんですか……せっかく……戻ったのに」

 秋斗の手伝いが出来るはずの私は、死んでしまうから手伝えない。
 彼女を生かし続けて、この世界を変える為の手伝いが出来ない。
 好きになった。
 彼女と同じくらい好きになった。
 楽しい楽しい時間だった。
 これから彼には、苦痛と絶望が待っているというのに……私はもう手伝えない。
 だって……例えもう一度繰り返すとしても……この時の記憶があるかも分からない。
 何より彼には繰り返して欲しくない。
 こんな絶望を味わってほしくない。
 でも彼は、私と同じく、この世界の異物として、一人ぼっちで過ごしていかなければならなくなってしまった。

「……ごめんなさい……もう手伝えません……せっかく……戻ったのに……一人にしてしまいます――――」

 だから願おう。
 彼の為に。彼女の為に。
 大好きな人達の為に。この世界で生きる人達の為に。

「――――せめて……あなたの望む世界になりますように……」

――秋斗……

 一つだけ、後悔があった。
 あり得ないはずの確率のカタチ。そんな幸せな事象があったのなら……。

“もしも”

“あなたがずっと白蓮様と一緒に戦おうと決めていたのなら”

“私も幸せに、してくれましたか?”



――きっと幸せに違いありません。だって、この時でも、私も皆も、幸せだったんですから……

 白、白、白

 最後に思い浮かべたのは大好きな彼女の笑顔。

 そして、四人で笑い合っていたあの時間。

――大好きです。星、秋斗……白蓮様……