つぶやき

Ardito
 
前回のつぶやきの続編を書き殴ってみた(ヒカ碁で病みヒカ)
  翌日。
 日本棋院の倉庫で秀策の棋譜を見た二日後だ。

 と、いうことは今日は大手合のある日で、また棋院に行かなければならない。

 非常に億劫だったが、仕事をサボるわけにはいかない。
 まだ佐為の碁を完全に再現は出来ないけれど、でも大分『それらしく』はなってきた。

 昨日は秀策の棋譜集を書店で探し回り、買い集めて只管昔の佐為の碁を研究していた。
 今の佐為も昔の佐為も全てを知りつくさなければ佐為の碁の再現など出来ない。
 かき集めた棋譜の一手一手に佐為の意志が、魂が込められていると思うと、それらを内包した一局というものが佐為そのものにも感じられ、その全てを知ろうとしたら一局を研究し尽くすのにとても時間がかかった。

 思っていたよりも秀策の関連図書は多く、棋譜集もかなりの数が出ていたから助かった。
 オレの知らない佐為がまだこんなにいる・・のかと思うと空虚な心に暖かな物が触れた気がした。

 買い集めた棋譜集を研究しつくしたら今度はまた棋院の倉庫に入れて貰おう。
 あそこには棋譜集に無かった棋譜もあるかもしれないから。
 
 気づいたら二日連続で徹夜してしまったが不思議と疲れは感じなかった。
 食欲もわかなかったが、対局は体力を使う。 少しでも何か食べなくては駄目だろう。

 昨日書き写した佐為の棋譜を部屋中に散らかしたままオレは階段を降りリビングへ向かった。

「あら、おはようヒカル。 ――昨日も遅くまで起きてたみたいだけど、ちゃんと寝たの?」
「寝たよ。 ……いただきます」
「……本当に? ずっと電気ついてたみたいだけど」
「つけたまま寝てた」
「そう……」

 テーブルの上に用意されていた朝ごはんを頬張るが、味がしない。

「お母さん。 なんかこれ、味しないよ?」
「え? 何言ってるの、そんなはず……」

 お母さんが慌てて味見をして「ちゃんと味するわよ?」と首を傾げている。
 オレはもう一口食べてみたが、やはり味がしない。
 昨日も味が良く分からなくて変だと思ったが……料理に問題が無いのであれば変なのはオレだろうか。
 どうでも良いけど。

 オレは結局朝食を殆ど残したまま席を立った。

「ごちそうさま」
「もういいの? 昨日も殆ど食べなかったじゃないの」
「朝と夜はあんま食べないことにしたんだよ。 胃に何かあると対局に集中できない。 昼にちゃんと食べるから平気」

 黙って洗面所に向かうとリビングからお母さんに呼びかけられた。

「ヒカルー! 棋院に行くならお風呂に入ってからにしなさい。 あなた、臭いわよ」

 そう言われて自分の臭いを嗅いでみると、確かに汗臭い様な気がする。 そういえば一昨日から風呂に入っていなかった。
 これから佐為の碁を打つのだからあまり薄汚れた格好をしていては佐為に悪いか。
 対局のある日には風呂くらい入ることにしよう。

 ● ● ●

 棋院に着き、対局室へ向かうと何故か塔矢がフロントに立っていた。
 目があったが、今日の対局相手はこいつじゃない。 無視して横を通り過ぎようとすると、呼び止められた。

「っ進藤」
「塔矢。 ……久しぶり、何か用?」
「……随分と遅かったな。 もう対局が始まるぞ」
「ああ……ギリギリまで碁の勉強してたから。 用が無いならもう入るけど」
「今日はキミがどれ程実力を付けたが確かめさせて貰う。 腑抜けた碁を打つ様なら――進藤? 顔色が悪い様だが――」
「別に……少し夜更かししただけだよ。 オレの碁が見たいなら勝手に見れば良いだろ。 いちいち話しかけてくんなよ。 オレ達、そういう仲じゃないだろ」

 そう言って軽く睨むと、塔矢は息を飲み「そうだな……すまない」と見るからに落ち込んでしまった。

 少し言い過ぎてしまっただろうか。
 今までこんな風に話しかけてくることが無かったから戸惑ったが、こうして塔矢がオレを気遣うのは昔佐為と対局したことがあるからだろう。
 あるいはまだオレとsaiが同一人物だと疑っているのだろうか。

 ……こんなにも佐為と打ちたがっているのに、オレのせいで塔矢は二度と佐為と打てない。
 ある意味コイツもオレの被害者だ。

「――ごめん、やっぱ今の無し。 ちょっと寝不足でイライラしてて。 でも碁に影響は無いから大丈夫」
「そ、そうか。 だが、本当に大丈夫なのか? その顔色は少し寝不足という程度では――」
「大丈夫だって。 お前がオレの体調を心配とか、やめろよな。 明日槍でも降ったらどうすんだ。 ――あー、でもお前にオレの対局見られるのはまだちょっと恥ずかしいな。 頑張ったけどまだ全然駄目でさ……アイツの考えは分かるんだけど、発想の方向性がオレとちょっと違うから再現し辛い。 単純に実力不足もあるんだけど」
「再現……? アイツというのは――」

「おい進藤! いつまでそんな奴と話してんだよっ!」

 対局室の入り口に目をやると和谷がむっすりした表情で仁王立ちしていた。

「和谷。 おはよ」
「おはよ。 っじゃねーよ! お前遅すぎ! 寝坊でもしたのかと思ったぜ。 やっと来たと思ったらいつまでもそ・ん・な・奴と話してるしさ! もう始まんぞっ!」
「ごめんごめん、ちょっと碁の勉強してたらさぁ。 あ、じゃあな塔矢。 また後で」
「……ああ」

 急いで和谷に駆け寄り靴を脱いだ。

「ったく、あんな奴と何話してたんだよ――って、進藤?」
「ん?」
「お前その隈どうしたんだよ、ちゃんと寝てんのか!? 顔色も悪りぃし――」
「あー塔矢にも同じこと言われた……オレ、そんな顔色悪い? ……でも大丈夫だよ。 碁はちゃんと打てるから」
「バカっ、そういう問題じゃねぇだろ!」
「……? え、じゃあ何?」
「……進藤? お前――」

 和谷の言っている意味が分からなくて首を傾げると、和谷にオバケでも見た様な目で見られた。
 オレもオバケになればまた佐為のこと見えるようになるのかな。 ああでも成仏してたらここには居ないよな。 って、これ前にも同じこと考えたっけ。

「お前、何かあったのか……?」
「は? って、時間! もう始まるって、急がないと」

 もう開始一分前、いやもう30秒を切っている。
 オレは靴を下駄箱に放り込むと和谷を置いて急いで対局室に駆け込んだ。

「対局室内は走らないで下さい!」
「わっ、済みませんっ」

 速足で自分の場所を確認し席に着く。

ここまで!
書き殴ってたらこんな時間になってしまった……もう寝よう。