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トワノクウ
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第十二夜 ゆきはつ三叉路(二)
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から逃げてもいいんじゃなくて、やましいとこがないからこそ逃げる必要なんてないんじゃないでしょうか?」

 梵天はというと、珍獣を見たかのような反応である。恥ずかしいが、不思議と不快には感じなかった。

 くうは手を床に揃えて頭を下げる。

「わざわざ助けに来てくださってありがとうございます。ここを出ましたら真っ先にお伺いします。そのときは遠慮なく、どんな依頼でも言いつけてください」

 頭を上げて、絡んだ視線の中に、くうは既視感を覚える。
 過った道を自信満々に進んでいる子どもと話したあとのような落胆と痛ましさ。

(子供の頃『学校になんて入らなくていい』って突っぱねたくうを、お母さんがこんな目で見たんだ)

 ごめんなさい、と取り縋りそうだった。

「必ず、行きますから」

 でも、その言葉を言いたくなかった。

「時間をください」

 謝れば、自分がしていることが正しいと言い切れなくなってしまう。とんでもない失敗をしたのでは、という恐れを心に植え付けてしまう。

「お願いです」

 ――私を許して。でなければ不安に押し潰されてしまいそう。

「……しようのない娘だ」

 梵天は、その細い指でくうの頭を上向かせ、左の瞼に親指を這わす。

「この左目を通じて脱出路だけ教えよう。のっぴきならない事態になったら、俺はもう手出ししない、今度こそ自力でどうにかするんだね」
「左目、ですか?」
「鵺に奪われた眼球なら俺が視たものを受信できる。入ってくる映像の順に進めば、ここを出て俺の許に辿り着ける」
「――了解しました」

 梵天の左目に赤いものが灯る。梵字だと、昔プレイした魔術科学RPGの経験から分かった。

 ノイズが聴こえた。左側だけ視界が変わる。襖を何枚も開けては進んでいく映像が視えた。右目を閉じるとより見やすくなった。映像の視点者は右へ左へ、時に戻ったりしながら、襖を開けて進んでいく。それを何枚、ひょっとしたら何十枚もくりかえし、最後の襖を抜けると神社の境内が視えた。それで映像は終わりだった。

「覚えたかい?」
「……多分」

 ダンジョンの攻略と同じだ。そう難しくはない。

「社を出たら敷地に接する森に入ればいい。森は俺の縄張りだ」
「分かりました。森ですね」

 確認すべき事項を頭に叩き込んでから、くうはじっと梵天を見上げた。
 あらためて、美しいひとだ、と思う。素地は色男だが、加えて、この世の荒波に揉まれ削られてきたゆえの透明感があるから、目を惹いてやまない。

「一つだけお伺いしたいことがあります」
「何だい」
「貴方とお母さんはどういう関係だったんですか?」

 梵天は苦い笑みを湛えた。後悔、哀惜、悲痛、そんな感情を窺わせる苦さだった。

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