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第一章
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の中で休んでお茶でも飲む感覚だった。彼女は実は紅茶派である。ドイツでは珍しいと言われている。
「コーヒーじゃないんだね」
 彼もそれを言ってきた。東側にはないモダンと言うべきかアメリカナイズドと言うべきかエヴァゼリンから見れば無意味なまでに派手な店の中で彼は言うのだ。白いテーブルに向かい合って座っている。彼が飲んでいるのはドイツ人らしくコーヒーであった。
「好きじゃないの」
 それが彼女の返事であった。
「コーヒーはね」
「またそれはどうして?」
「こっちじゃコーヒーは普通に飲めるわよね」
「まあね」
 彼は何を言っているのかと言わんばかりの素っ気無い調子で答えてきた。
「僕が今飲んでいるみたいにね。ああ、そうか」
「わかってくれたみたいね」
「簡単には手に入らないんだったね」
「そうよ、コーヒー豆がね」
 少し憮然として彼に答えた。
「あの大豆の。まずいのよ」
「らしいね。僕は飲んだことないけれど」
 彼は代用コーヒーの話を聞いてエヴァゼリンにまた答えた。
「話には聞いているよ」
「それで紅茶なの。美味しいコーヒーなんてあるのかしら」
「代用コーヒーばかりなんだね、そっちは」
「多いわよ」
 少し憮然として答える。
「というかそればかりね。美味しくなくて、本当に」
「じゃあ本当のコーヒーは知らないんだ」
 彼はそこまで聞いたうえで述べてきた。
「あのコーヒー豆のコーヒーは」
「今は特にないわね」
 それは本当のことだった。どういうわけか最近店に行っても品不足が目立つ。それに対してこちら側は見事なものだ。ないものはないと言っていい。
「そう。じゃあ僕がその本物のコーヒーを御馳走してあげるよ」
「ここで?」
「だから君を誘ったんだよ」
 これは嘘だった。エヴァゼリンもそれはわかる。
「本当かしら」
「疑うの?」
「イタリア人ってね。東側にもよく来るのよ」
 ここで彼女は欧州きっての女たらしを出してきた。イタリア人と言えば女たらしであるというのはどうやら東側でも同じようである。だがそれで嫌悪感を受けないのがイタリアの愛嬌であろうか。
「それでいつも女の子を誘うから」
「彼等とは違うよ」
 彼は笑ってそれを否定する。
「僕は生粋のドイツ人だよ。そんなことはしないさ」
「じゃあどうして私を誘ったのかしら」
 何時の間にか口調が砕けていることには気付いていない。
「美人だからだよ」
 彼は笑って言う。
「じゃあイタリア人と同じじゃない」
「だから違うんだって。美人に美味しいコーヒーを御馳走したいんだ」
 話を言い繕ってきた。
「そう考えて声をかけたんだよ」
「そう捉えていいのね」
「是非ね」
 屈託のない笑顔で述べる。東ベルリンではあまり見ない笑顔であった。
「頼む
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