安息の住処
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ここに居ない。
誰も、彼の変化に気付くことは無かった。
ぐっと幾多の感情を押し込めた凪は、キッと戦う意思を見せている秋斗を力強い瞳で見据えた。
「では徐々に力を上げて行きます。不慣れな武器では扱いづらいと思いますので抜き身で構いません。危なくなったら沙和が止めてくれます」
コクリと頷いた秋斗と幾分かの距離を取り、沙和と月もその場から離れる。
ふと心に湧いてきた不安から、月は心配そうに彼を見つめるも、
「月ちゃん大丈夫なの。凪ちゃんは無茶なんてしないの」
柔らかく笑う沙和に宥められ、ほっと息を一つついた。
それでも、もやもやと渦巻く心の不安は軽くならなかった。
ジリ、と互いに地を踏みしめる音が鳴り、幾分かの静寂を切り裂いて、二人はほぼ同時に駆けだした。
†
春蘭様と試合をしている所は、黄巾の時に何度か見た事があった。
記憶を失っているから、彼は他の動きもするやもしれないと警戒していたがそんな事も無く、わたしの知っている不規則な動きを以って戦っていた。
片刃の長剣は目付けをしっかりと行えば槍と同様で懐に入りやすい。しかし彼には体術がある。
剣を躱して懐に入り拳を叩きこもうとしても……合わせるように膝を打ち上げて弾かれたり、腕ですり抜けたようにいなされる。
どうして剣を振りながらここまで出来るのか。
戦ってみて再確認した。彼は春蘭様と違い、理合いで戦う人なのだ。
数手先を予測し、組み立て、追い詰め、追い込む。
計算を駆使して行われるその武は美しく、他者から見れば舞っているように見える。
関羽との試合も見たことがあった。
それは正しく武であり舞。一つの芸術品のような戦いは、全ての武人を魅了してしまうモノ。実力伯仲にして理合いで戦う者同士が築き上げる最高の舞台。
わたしでは……悔しい事にそれは作れない。
手甲でいなし弾く姿は武骨で味気なく、他者を魅了することなど出来はしない。
拳や脚で叩き伏せる様は美しいとは言い難い。
でも、友達はこの戦い方を好きだと言ってくれた。
泥臭くても、必死で戦っている姿が、守ってくれていると感じさせてくれると言ってくれた。
だから否やは無い。ないの……だが、こんなに悔しい。
心の底から湧き上がる感情は悔しいと伝えていた。
もう既に、試合としての本気を出して戦い始めた。だというのに、彼には一つとして攻撃を当てられていない事実が、こんなにも悔しい。
記憶を失っているのは関係ないようで、体術に於いてはやはり自分より上。知っているはずの不可測の動きに着いて行けず、こちらが代わりに打撃を喰らう始末。
読めないのだ。彼の動きが、彼の次の動作が、彼が次に何を狙っているのかも。
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