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氷結鏡界のエデン 〜記憶を失ったもう一人の・・・〜
楽園幻想
プロローグ『浮遊大陸』
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灯の微弱な明かりゆえ顔までは確認できない。しかし法衣を内側から押し上げるかのように浮かび上がる豊艶(ほうえん)蠱惑的(こわくてき)な身体の曲線からそれが女性であるのは幼い子供でも容易に識別(しきべつ)ができたであろう。

「ようこそ、浮遊大陸オービエ・クレアへ」

 (あで)やかな朱唇(しゅしん)でしっとりと微笑み、その女性が点を(あお)いだ。
 若い女性。その声音(こわね)から受ける印象は二十代前半、あるいは中頃(なかごろ)だろう。

「お前、嫌、お前たちを待っていた。お前たちがここへ戻ってくるのを……そうだな、まるで行方(ゆくえ)知らずの恋人(こいびと)が帰ってくるのを待つような心境(しんきょう)だった」

 ーー神秘的な光景。
 凍てつく雨が、女性の身体に触れる寸前でキラキラと輝きながら弾かれていた。
 まるで透明な光の壁が、彼女と雨を(へだ)てて存在しているように。

「………」

 目の前の彼女を、焦点の合わない(ひとみ)で少年が見上げる。

「ふっ、もはや答えるだけの体力すら残っていないか」

 女性が少年に向かって手を差しのべる。その瞬間。

 ーーヂヂ……ヂッ!……ーー

 突如(とつじょ)雷光(らいこう)を思わせる青白い火花が女性と少年、触ってもいない少女の間に(ほとばし)った。

「っ!」

 彼女が反射的に手を遠ざける。だがその指先には(すで)に、うっすらと火傷(やけど)のような(あと)ができていた。
 それを見てーー

「………上出来だ」

 闇夜(やみよ)の中、その女性が小さく笑った。

「『穢歌(エデン)の庭』に満ちる魔笛(まてき) ーー それも、私の力を抗うほどの魔笛を宿したか。よほど深い層まで堕ちて行ったと見える」

 少年と少女から立ち上る奇妙(きみょう)黒煙(こくえん)。それを愛おしげに眺め、女性は再び彼らに向けて手を差しのべた。
 少年がびくっと身をすくませる。その様子に、彼女は苦笑を隠そうともしなかった。

「本能的に拒絶を覚える ーー 正しい反応だ。もっとも、いまに限ってその心配はないぞ。私の側で小細工をした。私とお前が接触しても今だけは反発の危険も無い。それはつまり、もしもお前がわたしに敵意を抱けば、私は一切抵抗できないと言う意味でもあるがな」
「…………」

 少女を抱えたまま少年が女性を見上げる。
 鈍く輝く蒼色(あおいろ)双眸(そうぼう)で、何かを訴えるように。

「なるほど、今のはわたしも少々(しょうしょう)無粋(ぶすい)が過ぎたらしい。そうだったな。お前はただ、彼女に会うために戻って来たのだったな。」

 少年のまなざしを受け彼女が初めて表情をやわらげた。
 自宅に戻って来た子供を迎える母
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