詠い霞むは月下にて
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「月ぇっ!」
部屋の扉を開けると同時に声を上げ、すぐに駆け寄ってきた彼女に抱きしめられた。
薄紫色の髪を後ろで纏め上げ、服をはだけさせてさらしを見せている彼女は、記憶にあるまま。
声は震えていた。目には涙が浮かんでいた。瞳の色は……歓喜と懺悔だった。
「霞さん……おかえりなさい」
「うん……うん! ただいま……ただいまっ、月ぇ……」
ぎゅっと抱きしめられているから顔は見えない。ほんの少し抱きしめる腕に力を込められた。
――私達の無事を、本当に嬉しく思ってくれているんだ。
ジワリと胸に暖かさが浸透する。瞼が熱っぽくなり、嬉しさが零れてしまいそう。
背中越しに手を回して頭を撫でると嬉しそうに震える彼女は、まるで大きな猫のようでかわいい。
私が知ってる、私達を助けようとしてくれた霞さんのままだった。
「何よ……ボクには何もないわけ?」
ぶすっと拗ねた声で上げる詠ちゃんだけど、瞳を見やっても不満の色は見えなかった。
だって霞さんが――――
「詠も……ただいまや」
私の次に詠ちゃんを抱きしめるつもりだと分かってるから。
照れくさそうに、でも何も言わずに詠ちゃんは霞さんの背中に腕を回し、互いに無事を確かめ合う。
私の瞳は涙で滲んだ。どれだけ私と詠ちゃんのことを心配してくれてたか伝わったから。
袁家との戦があって、『彼女』の軍に所属したと言っても、私達と霞さんは会う暇がなかった。
霞さんは最前線で戦の準備と敵への警戒に動いており、私達は起きない彼に着いていったから、袁家との戦が一時的に終わってやっと再会出来た。
詠ちゃんは今日の朝に帰ってきた所で、さっきまで黒山賊との戦の詳しい報告を、侍女仕事という名目で『彼女』に行っていた。結果は問題なく勝利。黒山賊の頭領は先ほど真名を交換した真桜さんが作った罠に嵌まって討ち取られた、との事。
『彼女』が気を使ってくれて、私達三人で過ごせるようにと、霞さんには明日の仕事が無い。霞さんは急いで日中の仕事を終わらせて、夕食を食べた私達に会いに来てくれたのだ。
こんなに早く、霞さんが無傷なまま、しがらみも無いまま再会出来るなんて、私は思ってなかった。
だって……彼と『彼女』は敵対していたのだから。
もしかしたら霞さんと彼が戦っていたかもしれない。そうなれば、私も詠ちゃんも、悲哀の渦に飲み込まれただろう。
誰だって知り合いの所属する勢力と戦いたくなんかない。私だって親しい人同士が戦うのなんか見たくも無かった。
そんな私達に彼はずっと何も言わなかった。
私も詠ちゃんも分かってる。あの人は霞さんをその手に掛けるつもりなんかこれっぽっちも無かったことを。
きっと彼は私と詠ちゃんを利用しただろう。霞さんを劉備軍に
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