第一章
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第一章
聖女
ジョバンニ=ダラゴーナは悩んでいた。悩んでいる理由は自分でもはっきりとわかっていた。
「駄目だ」
彼はキャンバスを前にして呻いていた。
「こんなものでは駄目だ、全く駄目だ」
「駄目だ駄目だって先生」
彼の横にいる少年がその言葉を聞いて彼に怪訝な顔で声をかけてきた。
「何が駄目なんですか?」
「何かが違うんだよミショネ君」
その少年ミショネ=パブリチーニに対して告げた。
「わしが今描きたいものは。違うんだよ」
「風景画じゃないんですか?」
「最初はそうだと思っていた」
見れば今描いているのは風景画だ。大海原を描いている。かなり写実的な絵である。
「だがそれは違うようなのだ」
「風景画じゃないんですか」
「そう、他のものだ」
難しい顔でその大海原を見ていた。赤茶色の髪がボサボサになっていていつも端整に切り揃えられている顔一面にある髭も乱れている。黒い目は充血している。
「どうもな」
「じゃあ何なんですか?」
癖のある、鳥の巣を思わせる黒髪に黒い瞳の美少年であるミショネは首を傾げつつ師匠に尋ねた。大柄な師匠と比べてかなり小さい。
「その描きたいものは」
「わからない」
それがわかれば苦労しないといった感じの言葉であった。
「それが何なのかさえわからないのだ」
「そうなんですか」
「しかしだ」
それでも彼は言うのだった。
「何かを描きたいというのは事実だ」
「描きたいんですか」
「しかしそれが何かは全くわからない」
青く荒れ狂う波涛の絵を前にして述べる。
「少なくとも今ここにいても何にもならない」
「外に出られますか」
「ミショネ君」
彼に顔を向けてまたその名前を呼んできた。
「悪いが来てくれるか」
「ええ、勿論ですよ」
素直で屈託のない笑みを浮かべて師匠に応える。
「先生の行かれるところなら何処までもですよ」
「有り難い。やはりこの世には欠かせないものが二つある」
「二つですか」
「まずは美人と美酒」
いきなり二つ埋まってしまったがそれでも言葉を続けるジョバンニであった。
「それに美食と家族、自分を助けてくれる立派な人間だ」
「全部で五つですけれど」
「では五つだ」
すぐに己の言葉を訂正する羽目になったが全く気にしてはいなかった。
「この世には欠かせないものは五つあるのだ。その五つだな」
「そのうちの何処に行かれるんですか?」
「家族はな。今は」
難しい顔になるジョバンニであった。
「帰りにくいものだ。困ったことだ」
「奥さんと娘さん今でも怒っていますかね」
「あれは存外嫉妬深い女だからな」
腕を組み難しい顔をして首を捻っている。
「そう簡単には怒りは解けない
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