第四章
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第四章
「お母さんに似てね」
「私はお母さん似だったの」
「そうよ。運がいいことにね」
そうだというのである。
「まさにね。お父さんに似なくてよかったわね」
「お兄ちゃんはお父さん似なのに」
「男の子は父親に似ていいのよ」
それはいいというのである。
「けれど女の子はね」
「母親に似るのがいいっていうの?」
「そうよ。わかったわね」
「何となくは」
わかったと答えはした。
「そうなの」
「わかったらいいわね」
「ええ」
「河童じゃないわ」
それをまた言う。
「顔はね」
「それはいいっていうの」
「ただしよ」
「ただし?」
「泳ぐのは河童に負けないようにしてね」
言うことが変わってきた。
「わかったわね」
「うん、わかったわお母さん」
母のその言葉に頷いてだ。そのうえで水泳を続けるのだった。中学、高校と進むにつれてだ。彼女は押しも押されぬ水泳のスター選手になっていた。
大学でも全国大会に出た。オリンピックにも出た。メダルは惜しくも逃したがそれでもだった。まさに河童の仇名に相応しい選手になっていた。
「本当にあの速さはな」
「ああ」
「河童だよな」
「そうだよな」
そう皆が言う。
「あの娘はな」
「本当にな」
これが邑子の評価だった。そのままの評価だった。
「凄い選手になったっていうかな」
「何でも子供の頃カナヅチだったんだって?」
「そうなんだろ?」
そのことも今では周りの話になっていた。しかしそれはもう誰もが信じられない、そんな話になっていた。伝説と言ってもいいものである。
「それは」
「らしいけれどな」
「嘘じゃないのか?」
「だよな」
それを信じない者もいた。今の彼女からは信じられない話なのだ。
「けれどああなれるんだな」
「泳げなくてもな」
「なれるんだな」
そう話される。そしてその話は邑子本人にも伝わっていた。彼女は大学を出た後自分がいたスイミングスクールに戻っていた。そこでインストラクターになっていたのだ。
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