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河童
第三章

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第三章

「それでいいわね」
「えっ、それをですか!?」
「そうよ」
 にこりと笑って言うのである。
「そうだけれど」
「大丈夫かなあ」
 それを言われて思いきり困る彼女だった。
「浮きものなしで」
「安心して泳ぎなさい」
 しかし先生は優しい笑みでまた言うのだった。
「いいわね、それでね」
「わかりました」
 言われるまま泳いでみる。すると少しだけだが確かに浮きものなしで泳げた。
 泳げてみて一番驚いたのは。その邑子本人だった。
「嘘・・・・・・」
「嘘じゃないわよ」
 先生の優しい笑みはそのままだった。
「先生はできるって思っていたわ」
「私が」
「そうよ。邑子ちゃんならね」 
 また言うのだった。
「本当に」
「そうだったんですか」
「さああ、今は少しだけだけれど」
 先生はそのまま話を変えてきた。
「今度はもっと少しだけね」
「泳げるように」
「少しずつよ」
 さらにだというのだ。
「いいわね。それでね」
「わかりました」
 こうして少しずつ泳ぐ彼女だった。そうしているうちに何と五十メートル泳げるようになっていた。そしてそれで終わらなかった。
 何時の間にかだった。小学校の時でもう。スイミングスクールでも有名な生徒になっていた。
「まさかとは思ったけれど」
「そうだったの」
「そうよ。ここまでなるなんてね」
 こう邑子に話す母だった。
「思わなかったわ」
「そうなんだ」
「だってあんたカナヅチだったじゃない」
 その昔のことを話すのだ。
「それが今みたいになるなんて」
「私もこんなになるなんて思わなかったけれど」
「そうよね」
 それをまた話すのだ。
「けれどいいわ」
「いいの」
「そうよ。できないことができるようになったじゃない」
 幼い時に娘に話したそのことだった。
「それがね。できるようになったから」
「だからいいの」
「それがこんなによ」
 娘を見る目が温かいものになっていた。
「なれるんだから。カナヅチがまるで」
「まるで?」
「河童じゃない」
 そしてこんな言葉を出すのだった。
「河童よ。本当にね」
「河童って」
「そこまで泳げたら河童よ」
 まさにそれだというのだ。
「もっともその顔は」
「顔は?」
「全然違うけれどね。美人になったわね」
 娘の顔を見て微笑む。見ればその顔はアーモンドを少し曲げたみたいな形のつり目に細い眉、それと大きめの薄い唇の口に髪は水泳で色が薄くなった茶色のロングヘアである。まだ小学生だがはっきりと言える程奇麗な顔をしている。そろそろ発育もしてきている。

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