鼠の奇跡
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彼は頷いた。
「明日だな。ちょっと行ってくる」
「うん」
ここで夢は終わった。目が覚めた時には誰もいなかった。どうやら酔い潰れてそのまま寝てしまったようである。だが不思議と酔いは残ってはいなかった。
「いい酒だったのか?」
今時珍しいことであった。最近巷に出回っている酒はアルコールだけが入っているようなとんでもない酒ばかりだった。安いどぶろくならまだいい方で色々な酒を混ぜ合わせたものや酷いものになるとメタノールまで入れたものもある。所謂メチレンというものである。これを飲むと下手をすると死んでしまう。失明の危険すらあるのだ。
だがそれならばよかった。二日酔いは今はしたくはなかった。覚えている夢のことが本当なら。彼はすぐに起き上がった。そして前部屋に誤魔化しを入れて東京駅に向かった。彼はそれを聞いて面白そうに笑っていた。
「誰か迎えに行くのかい?」
「ちょっとな」
そう答えただけであった。詳しく話すつもりはなかった。
「用事があってな。悪いが今日はこれで失礼させてもらうぜ」
「ええいいぜ。じゃあな」
「おう」
今日の稼ぎはなしだ。だがそれでもよかった。彼は金よりもずっと大事なものを手に入れに行くのだから。彼にとっては金は最も大事なものではなかったのである。今それを悟っていた。
行く時に家の側を通り掛かった。ここでふと思った。
「こんなところでも三人暮らせるかな」
と。まだ会ってもいないのに図々しいことだと思ってはいたが。だがそれでも思わずにはいられなかったのである。それが夢ならば尚更であった。
そんな彼を鼠達は屋根の上から見守っていた。だが梶原に彼等の姿は見えなかった。見えなかったというよりは気付かなかったのである。彼はそれ程心ここに在らずだったのである。
鼠達はにこやかに笑っていた。だが梶原はやはり気付かない。鼠達はそれでもよかった。何故ならこれからのことがわかっていたからであった。彼等の笑顔がそう言っていた。
梶原はそのまま歩いていかずに自転車を買った。それで悪路を進んでいった。歩いて東京駅まで行くには遠い。それで買ったのであった。どのみち近いうちに買うつもりではあった。
「おっとと」
自転車のバランスを必死にとる。やはり道が悪くバランスをとるのにも一苦労であった。
「こりゃ辛いな。瓦礫に気をつけねえとな」
見れば道に普通にガラスの破片等が落ちている。空襲の後も残っているがそれ以上にゴミが落ちていた。彼はそれに気をつけながら先を進んだ。行く先はもう決まっていた。
やがて東京駅に着いた。そこは人で一杯であった。何処に誰がいるのか全く見当がつきそうにもなかった。
「困ったな」
この人の多さまでは頭に入れていなかった。ただ来ただけ
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