鼠の奇跡
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その禿た男はまた言った。
「あんた、今暇かい?」
「へっ!?」
「いやね、忙しいのならいいけれどね」
「今俺が忙しく見えるか」
彼は自嘲を交えてそう応えた。
「見えねえだろ」
「確かにね。じゃあ言い易いや」
「何をだよ」
「いや、ちょっとね」
梶原はそれを聞きながらもどかしい奴だと思っていた。だが口には出さなかった。
「俺さ、今ここで店開いてるんだけど」
「ああ」
「よかったら一緒にやらないか?今一人でやっていて大変なんだよ」
「仕事か」
「まあな。どうだい、あんたにとっても悪い話じゃないだろう」
「そうだな」
その通りであった。何か働くことができれば少なくとも今よりましな生活は送れるだろう。このままその日暮らしで酒に溺れていても何にもならない。それはわかっていた。
「いいね。引き受けさせてもらうよ」
「お、悪いね」
「いや、俺も暇だったしな。それでだ」
「ああ」
「何の仕事をしてるんだい?」
「簡単な仕事さ」
彼は笑ってそう言った。
「靴を売るんだよ」
「靴をか」
「進駐軍や兵隊さんのおさがりをな。どうだ、これなら幾らでもあるだろう」
「そうだな」
彼もアメリカ軍の豊かさはよく知っていた。彼がその日食うや食わずやのすぐ側で派手な女達を引き連れガムをくちゃくちゃさせている。ポケットには飴やチョコレートがある。正直羨ましくて仕方がなかった。
「どっさり持ってるからよ。どうだ、これを売るのを手伝ってくれないか」
「わかった」
彼は快くそれを引き受けた。こうして彼の靴屋での仕事がはじまった。
仕事は思ったより楽だった。靴は進駐軍から幾らでも手に入る。そしてそれを適当な値段で売ればよかった。金ではなくても米や食べ物が手に入る場合があった。何足か売ればそれだけの彼のその日の食べ物が手に入る。実入りのいい商売であった。
「ほい、あんたの取り分」
「おい、半分もくれるのかよ」
彼はそれを見て驚きの声をあげた。一週間は楽に暮らせるだけの金であった。
「一日働いただけで」
「共同経営者だからな」
禿た男は笑ってそう答えた。
「半分が当然だろう。違うのかい」
「いや、まあ」
言われてみればその通りだ。ここは頷くことにした。
「言われてみればな。そうか」
「そういうことさ。それに俺は実はサツに睨まれちまっていてな」
「進駐軍相手にやってるからか」
「まあな。やっぱりそうしたことはサツからはよく思われねえんだ」
「別に法には触れちゃいねえんだろ?」
「馬鹿いっちゃいけねえよ」
だが男はそれを聞いて笑いだした。
「そんなこと言ったらここはどうなるんだよ」
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