鼠の奇跡
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になれなかった。小さくて骨が多い。それだけで嫌いになった。
「鼠がいようと俺には関係ないな」
そう思いながら起き上がった。そしてその日はどういうわけか闇市に出掛ける気になった。とりあえず行って何かを手に入れてそれで金を手に入れようと思った。金がなければ米でもいい。この時米と金は同じ価値があったのである。これも戦後の混乱故であった。
「残飯シチューいるかい?」
「すいとん美味いよお」
あちこちでそんな声がする。だが梶原はそれを一切無視した。
「そんなもんで腹が満腹になるかよ」
彼は残飯シチューやすいとんといった汁物をこういったところでは食べなかった。薄いだし汁に申し訳程度に団子や残飯が浮かんでいるだけである。そんなものを食べるよりは水を飲んだ方がましだと思っていた。水なら川に行けば幾らでもある。どれだけ汚かろうが飲めればそれでよかった。たとえそこが妻や子が死んだ川であっても。
「くそっ」
彼はまた忌々しげに吐き捨てた。いつも悪態をつかずにはいられない、そんな毎日であった。
「何かねえのかよ」
その何かが何なのかまでは頭の中になかった。ただ辺りを見回すだけであった。
しかし何も見つからない。そもそも何を探しているのかさえ決まっていないのだから当然であった。とにかく目に入るものが気に入ればそれでよかった。本当にそうであった。
見回す。しかし何もない。活気のある場所でも欲しいもの、興味のあるものは中々見つかりはしない。これはどんな状況においても同じなのかと思った。
「あの時もそうだったな」
ふと昔のことを思い出した。その頃は戦争もなく平和だった。梶原も妻や子を連れてデパートへ行ったものだった。そしてそこで何か買おうとして迷っていた。結局その時は妻に言われてデパートから家に帰った。無駄に時間を潰しても仕方のないことだからだ。それよりも家で子供の相手をする方が重要だったのだ。今からはとても想像できない時間であった。懐かしいと同時に苛立たしい時間であった。
「こんなの思い出しても何にもならねえのにな」
苛立ちの原因はこれであった。
「今更昔のことを言って何になるってんだ。今もこれからも真っ暗だってのによ」
「おい兄さん」
そこで後ろから呼び止める声がした。中年の男の声だった。
「あ!?」
梶原はそれを受けて振り向いた。するとそこにはひょろりとした頭の禿た男がいた。
「何をそんなにぶつくさ言ってるんだ?」
「何でもねえよ」
梶原はぶっきらぼうにそう答えた。
「少なくともあんたには関係ねえよ」
「そうかい。ならいいさ」
「ああ。じゃあな」
「いや、待ちな」
別れるところでまた呼び止められた。
「何だよ、また」
「いや、何な」
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