鼠の奇跡
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中立ったままで箱詰めの中にいた。そして東京に辿り着くとそこは一面の荒野だった。まさに何もかもなくなってしまっていた。
妻も子もなかった。妻子は空襲で死んだという。見れば彼が妻子と暮らしていた葛飾の家は完全になくなっていた。妻も子も川で浮かんでいたという。その姿はまるで消し炭のようだったと言われた。
「消し炭か」
彼はそれを聞いた時思わずそう呟いた。呟いても何も出なかった。ただ絶望だけが口から出た。それ以外には何も出なかった。
それから彼はそこら辺にあった木やらトタンやらを集めてバラックを作った。そしてそこに一人住むようになった。あてのない中年男の家である。彼の他には誰もいない。人は誰もいない寂しい家であった。
そこで気が向いたら物をくすねてそれを売って暮らした。生きていく為には仕方のないことだとは思わなかった。どうせ何もないのならこうして罪を犯しても構わなかった。どうせ一人だ。誰にも迷惑はかけない。そう思っていたからこそできることだった。捕まったならばそれで好都合だった。刑務所ならば雨露は凌げるし食べるものもある。今ここにいるより遥かにまともな生活ができる。今の彼にとっては刑務所の方が天国に感じられていた。
そんな彼が今酔い潰れて寝ていた。真夏である。熱気がトタンに残り何時までも暑かった。
「何で暑さなんだ」
満州にいた彼にとってこの暑さはたまらなかった。
「夜でもまるで蒸し風呂じゃねえか」
まさにそうであった。汗がとめどなく流れ床を塗らす。それでも汗が流れる。中々寝付けなかった。
それでも無理に寝ようとする。だができない。彼は次第に苛立ちはじめていた。
そんな時であった。ふと目の前を何かが通り掛かった。
「ん!?」
見ればそれは一匹の鼠だった。ちょろちょろと目の前を通り過ぎていった。
「鼠か」
この時は別に何とも思わなかった。これだけ汚ければ鼠もいるだろうと思った。彼の周りは半ば朽ち果てた家と空の酒瓶だけであった。他には食べ残しがあるだけであった。ゴミ箱と言っても過言ではない状況であった。
「そりゃ出るわな」
自分でもそう呟いた。呟くと妙におかしかった。久し振りに笑いたくなった。
だが止めた。笑っても何にもならないからだ。今の彼にとって笑いは何にもならないものであった。それこそ無駄なものであった。
その日はそのまま寝た。朝起きるとまた目の前を鼠が通り過ぎた。今度は二匹であった。
「増えたのかよ」
それでどうも思うわけでもない。猫を飼おうにも自分がまず生きなければならない。自分の食い扶持ですらどうにもならないのだ。それで今鼠を捕る為だけに猫を飼って何になるのか。何にもならない。むしろ鼠を食べた方がいいが生憎鼠は日本へ逃げる時に何度か食べて好き
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