残るは消えない傷と
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速く、疾く、ただただ急げ。
そう願って馬を走らせ続けた。
届いて欲しいと願って、一縷の望みに掛けて、自分が行けば助かるのだと信じて。
これは裏切りだと分かっていた。
どんな責苦を受けてもいいと思ってしまった。
それだけ、大切になってしまった。
だから私は大切な人達と話そうと決めた。
死ぬかもしれない。それでも……私が願えば生きて、生かしてくれると信じたい。
きっと抜け出して駆けられる手段を残してくれたのは、彼女だけは私の可能性を信じてくれていたからだ。
たった一度の我がままだから。
これだけ聞いてくれたら、言われる通りのいい子になるから。
だから……お願い、届いて。
†
耳に届いた矢唸りの音は無意識の内に寒気を齎す。
凡そ人に放つ事が出来るとは思えない程の殺気を持った一筋の矢は、その余りに暴力的な威力から、一人の兵を打ち抜くでは無く、突き刺さった衝撃で櫓の上から弾き落とした。
短いうめき声を残して隣から同僚が消えた事に、最上段で弓を構えていた兵士達は瞬く間に恐慌状態に陥った。
何処から射られたのか、と考える暇も持たせられず、一人……また一人とその場から弾き飛ばされていく。時には吹き飛んだ兵に巻き込まれて、しかし大半は……正確に首を打ち抜かれてであった。
二十人。それが最上段に昇っていた兵の数である。
それがたった数分、半刻も待たずして消え去った。
遠く、黄蓋隊は敵の部隊を牽制しつつ、櫓からであろうと矢の届かぬ位置で自身達の掲げる将を守っていた。
中央で大きく息を吐いた祭は、額から滴る汗をぬぐい、満足そうに微笑んだ。
「まず一つ」
祭自身、弓の扱いは大陸でも片手で数える程である自負していた。長い年月を掛けて磨き抜いて来たその武の才は多岐に渡るも、特に弓だけは突出させてきた。
普段なら戦場で動きながら射掛け、一息に多数の矢を放つ事も出来るが、今回はどっしりと構えを取り、自分が弓であるような錯覚を覚えるほど精神を統一し、ただただ遠距離からの射撃を行った。
弓術は、武術に於いて最も精神力を使うと言える。祭ほどの達人であろうとそれは変わらず、片手間でこれだけ遠距離の正確な射を行えるほど甘いモノでは無い。
その為に黄蓋隊は守りに特化していた。
ひとたび戦場に立ち、祭が敵の制圧を行うと言えば、敵からの攻撃を防ぐ大盾を持ち、一人の兵さえ通さぬ鉄壁と化す。
呉の宿将黄蓋が手塩に掛けてきたその部隊は、彼女自身が無防備でその場に居られる時間を作る為の、屈強な守りの兵士であるのだ。
子供のように無邪気な微笑みを見て、やはり我らの将こそ最高だと兵達は確信し、また祭の指示に従って動き出す。
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