第一部 刻の鼓動
第一章 カミーユ・ビダン
第一節 前兆 第四話
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夕食ができたと母親に呼ばれて階下に降りると、父親が帰ってきていた。父は普通のサラリーマンであり、母は専業主婦である。
「大学はどうだ?」
「それなりに順調よ」
母がくすりと笑う。ユィリイもつられてプッと吹き出す。和やかな家庭の団欒。三年前までは、よくカミーユもユィリイの隣の席で食事を取っていた。同い年の家族。大人になっても変わらずそこに居るんだと疑うこともなかったのに……。
「たまには旅行にでもいったらどうだ?」
「あなた、またそれですか? 先週もユィリイに旅行の話してましたよ」
「いいじゃないか。友人のツテで、月へのチケットが手に入れられるんだ。滅多にあることじゃないぞ?」
あぁ、そうか。お父さんはカミーユが気に入っていたから、私とカミーユが恋人同士になって、結婚すればいいって思ってるんだ――そんなことを考えながら、そんな暇はないわよと素気なく断ると、階段を駆け上がった。
「こら、ユィリイ! 階段を走らないの! はしたないでしょ……もぅ……あなたからも叱ってくださいよ……」
「イーフェイ、もうユィリイも大人なんだ。叱った所で言うことを聞くものでもあるまい。その内、子供っぽさも抜けるさ」
両親の会話を背中で聞きながら、自室のドアをちょっとだけ強めに閉める。
――バンッ
きっと母が眉をひそめていることだろう。それを想像するとおかしくて、くすりと笑ってしまう。両親の仲は子供のユィリイからみても、まるで恋人同士の様だった。母方の親戚から聞いた話では、母が父にベタ惚れで、両親の反対を押し切って駆け落ち同然に結婚したらしい。一人娘に家出をされた祖父母は、慌てて結婚を許したのだと言っていた。父も母も華僑の出身だった。しきたりには煩い。だが、父も母も、今はあまりそういう付き合いはしていない雰囲気だった。〈グリーンノア〉はあまり華系の比率が高くないからかも知れない。
伸びを一つして、寝間着に着替える。お風呂は朝に入るのがユィリイの習慣だった。気持ちを切り替えて、机に向かう。
「さて、レポート仕上げちゃわなきゃね」
ユィリイの机にはディスプレイが二つ。一つはワイヤードクライアント。ひとつはスタンドアローン。「スタンドアローンを絶対にワイヤードに繋ぐんじゃないぞ!」とカミーユに言われていたことを思い出す。
「カミーユ……どうしてるかな?」
二台のクライアントのスイッチを入れて起動させる。
さすがにワイヤードの方が起動が早い。これは実質ワイヤードは切断されることはないからだった。ワイヤードはスリープモードになるだけであり、常時電源がオンになっているのと同じなのだ。カミーユが改造してくれた家庭用クライアントは物理キーボードや物理マウスの操作なしにも使えるのが楽だった。
手の動きだけで認識してくれる投影光仮想(ヴァーチャル・レ
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