ゾンバルトの宣撫工作
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「万一失敗した折にはこの不肖な生命を差し出し、よって全軍の綱紀粛正の材料としていただきます」
「愚か者」
主君に思わぬ一喝を受け、覚悟を賞賛されけると思い込んでいたゾンバルトは平伏せんばかりに身を縮めた。
「一将一兵でも貴重なこの時期に、自ら死を口にするとは何事か!」
ラインハルトの言葉の烈気も視線の鋭さも、弁解の余地を与えるものでは到底なかった。ゾンバルトは自分が失敗したことを悟るとともに、栄達の道が永遠に閉ざされたことを理解した。若い覇王の怒気は理解を拒否することさえ、許しはしなかった。
予想より遥かに早く訪れた死を受け入れるため、ゾンバルトは打ちのめされた精神に残された全ての力を奮い起し、姿勢制御筋と表情筋に端正かつ冷静な姿勢と表情を形作らせようと人生最後の努力を開始した。
「閣下」
だが、冷厳な死神の義眼に生じたわずかなきらめきと、短い言葉によって死は再び遠い先へと運び去られることとなった。
意外の上にも意外であったことを隠すことはできなかったが、ラインハルトも助け船を出したオーベルシュタインも咎めはしなかった。
「…なるほど分かった。卿が弁舌をもって軍務に奉仕したいというのであれば、卿の戦場は別にあろう」
ラインハルトがゾンバルトに命じた任務は、最初に彼が志願した任務より瑣末に思えるものであった。だがこのオーベルシュタインの献策によってラインハルトの投じた一石は、予想もしなかった大きな成果を見ることになる。投じられた一石であるゾンバルトにとっても命じたラインハルトにとっても、不本意な結果がもたらされたのは間違いなかったが。
「やれやれ、こいつは計算外だったな。疾風ウォルフほどの男を、輸送艦隊の護衛に出してくるとは」
旗艦ヒューベリオンの指揮デスクに胡坐をかいたまま、ヤンは困り顔を隠そうともせずおさまりの悪い髪をかきまわした。
「帝国軍も人材に不足をきたしているのでしょうか…」
「それはないな。門閥貴族系の士官が一掃されたとはいえ、下級貴族や平民出身の士官でその穴は十分に埋められたはずだ。つまりこれは…」
ユリアンの疑問に答えかけて、ヤンは大きなため息をついた。
「昼寝をする暇も紅茶を飲む暇もありゃしない、ってことだ」
「こう、うるさくてはね」
シェーンコップが背中越しに親指でソリビジョンを指し示した先には、帝国軍少将の軍服を着けた黒髪の士官が熱弁を奮っている。先年イゼルローン回廊で矛を交えたナイトハルト・ミュラーとほぼ同年輩か。力感と説得力に富んだ演説は、さしものヤン艦隊の将兵をしても全く動揺せずにいるということはできなかった。撤退するミュラー艦隊の通信を傍受して知っていた何人かのオペレーターや幕僚たちなどは動揺の果てに、帝国暦のある一年は弁舌の才に富んだ人物を生みだす
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