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第五章
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第五章

「このままな。いける」
「いけるってのかい」
「俺が乗ってやるさ、その証拠にな」
「馬鹿を言うんじゃないよ」
 自分が乗ると言い出した亭主にすぐに言った。
「若し縄が切れたり不意に落ちたりしたらどうするんだよ」
「俺の凧にそんなことがあるかい」
「あったらどうするんだよ。御前さん死んじまうよ」
「安心しろ、職人は自分の作ったもんじゃ死ぬことはねえよ」
 あくまでこう言う藤吉だった。
「だからだよ。おめえはそこで安心して見ていなよ」
「全く。頑固だねえ」
 ここで遂にお鮎も折れたのだった。
「あんたはちいさい頃から変わらないね」
「三つ子の魂百までよ」
 彼は凧を見上げたまま言う。空は青く白い雲が実に奇麗にそこにある。そうしてその後ろには富士がある。富士がこれまた青と白の勇壮かつ美しい姿をそこに見せていたのだ。
「だからだ。やってやるさ」
「死なないようにね」
 懐から火打石を取り出しそれを亭主の背に打ち合わせる。そうして暫くして凧が下ろされ藤吉はそれに乗った。両足と腹を凧にきつく結びつけた。そのうえでまた凧を飛ばす。
「じゃあよ、藤の字よ」
「やるぜ」
「飛ばすぜ」
 左右から凧を持つ人達も縄を持つ人達も彼に言ってきた。
「それでいいんだよな」
「腹括ってるんだな」
「ああ、そんなのは最初から括ってるさ」
 こう周りの人達に返す藤吉だった。
「だからだ。やってくんな」
「おうよ、それじゃあよ」
「やるぜ、これでな」
 こう言ってまずは皆駆けだす。そうしてそのうえで風を作る。
 そのうえで凧が離され縄を持つ組の駆け足が速くなる。そうして本当に。凧が空にあがったのだった。
「おい、あがったぞ!」
「空に上ったぞ!」
 皆それを見て声をあげる。
「本当にあがったぞ」
「嘘みてえだな、おい」
「そら見たか!」
 そして凧から藤吉も言ってきた。
「本当に凧があがっただろ。どうだ!」
「ああ、あがったよ」
 お鮎がまた亭主に対して返した。
「御前さんの言う通りだよ。あがったよ」
「どうでい、何でもやろうと思えばできるんだよ」
 彼は凧から胸を張って言っていた。
「空はよ、気持ちがいいもんだぜ」
「そんなにいいのかい?」
「おうよ、ちょっと寒いけれどな」
 このことには少し苦笑いを浮かべはしていた。
「それでもいい眺めだぜ。ここから江戸の町が丸見えだぜ」
「江戸の町もかい」
「ああ、そうさ」
 彼等は今江戸の外れにいる。そこに広場で凧をあげているのだ。
「はっきり見えるぜ、いい具合にな」
「そうなんだね。じゃあよ」
「おうよ、覚えてるよな」
 また凧から女房に対して言うのだった。
「羊羹だよ、上方のな」
「わかってるさ、一本でも二本でもね」

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