第四章
[8]前話
「そうして下さいました、先日」
「武士の心ですか」
「そして医者の心ですか」
「そうです」
まさにそれだrというのだ。
「私に教えて下さいました」
「橋本先生にですか」
「そうされたのですか」
「ですから私もです」
この若者橋本左内も言うのだった。
「これからです」
「武士として、医者として」
「その二つの心を持ってですね」
「そのうえで」
「生きていきたいと思います」
こう彼等に告げた。
「これからどうなるかわかりませんが」
「そうですね、人の一生はわかりません」
「何時どうなるか」
「まさに人の一生は一寸先は闇です」
左内はこうも言った。
「私にしましても」
「いえいえ、橋本様はです」
「藩主であられる松平春嶽様の覚えも目出度いですし」
「天下にそのお名前を知られてきています」
「心ある方々にも慕われているではありませんか」
「橋本様の仰ることは正しいですし」
周りの者達はこう語るのだった、その左内に対して。
「ですから」
「何の不安もありません」
「これから天下に大きく羽ばたかれます」
「若いですし」
「雄飛されます、今から」
「間違いなく」
「そうあればいいですが」
穏やかで知性と心意気に満ちた微笑みでだ、左内は彼等の言葉を受けた。
そのうえでだ、彼はこうも言った。
「しかし」
「しかしですか」
「一寸先はですか」
「誰にもわかりません、しかし」
それでもだとうのだ、ほんの少し先のことがわからない人生であっても。
「私は先生の仰ったお話を忘れません」
「武士の心と医者の心」
「それを」
「約束は違えませんし命を以て命を救い」
そして、というのだ。
「最後の最後、死を前にしても毅然として」
「そうして生きていかれますか」
「何があろうとも」
「そうしていきます、死ぬその時まで」
こう聡明な顔で言うのだった、橋本左内はこう彼等に語った。
橋本左内は若くして安政の大獄の中で処刑された、武士でありながら斬首に処されるというあまりにも残念な最期であった、だが。
その死は毅然として清らかなものであったという、それは彼の師である緒方洪庵の話が彼の中で生きていたからであろうか、少なくとも彼は最後まで毅然としていて醜いものはなかった。これは今も残っている話である。彼は死を前にしても死に向かい橋本左内として死んだのである。
それでも行く 完
2014・3・25
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