第二章
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「あの」
「はい、主人ですね」
「そうです、今行かれては」
とてもだというのだ。
「お命が」
「それが武士です」
これがだ、渡辺の妻の言葉だった。
「例えどの様な状況であっても」
「果し合いならばですか」
「果し合いは武士にとって逃げてはならないもの」
それでだというのだ。
「ですから」
「奥方もですか」
「私は送り、そして待つだけです」
こうだ、医師にも毅然として言うだけだった。
「ですから」
「それが武士なのですか」
「その妻なのです」
毅然とした顔と声での言葉だった、それは子達も同じだった。
「父上、行ってらっしゃいませ」
「ご武運を」
こう言うだけだった、父を見送り。
家族は彼の帰りを待つだけだった、これではどうにもならなかった。
医師はどうしても彼が心配なのでついて言った、それで必死に前に進む彼の横に来てこう言うのだった。
「付き添いはいいですね」
「勝手にせよ」
渡辺は彼に目を向けて言った。
「立会人か」
「果し合いの」
「それは必要だからな」
「そうですね、それでは」
「わしは果し合いの場に行きじゃ」
そして、というのだ。
「勝負をするだけだからな」
「ではその立会人を務めさせてもらいます」
「それでは」
こう話してだ、そしてだった。
医師は渡辺と共に果し合いの場に向かった、そこは町の外れにある草原だ。そこにいるのは厳しい顔の男だった。
腰には刀があり頭には鉢巻をしている、その彼が渡辺の姿を見てそのうえで言ってきた。
「渡辺殿、来られたか」
「うむ」
渡辺は短い声で答えた。
「今しがた」
「それではだ」
「今からだな」
「いざ勝負」
「うむ」
お互いにだ、二人は向かい合うと。
それぞれ木刀を出して構えた、そうしてだった。
打ち合う、だが今の渡辺では勝負になる筈がなかった。
一撃で打たれ倒れた、相手の男は倒れた彼に一礼してから言った。
「よくぞ来られた」
「貴殿の勝ちだ」
「お身体を労われよ」
「かたじけない」
渡辺は前のめりに倒れたまま相手の言葉に応えた、そして。
男は医師に顔を向けてだ、彼にこう言った。
「では後はお任せした」
「はい、では」
「うむ、渡辺殿は重い病だな」
「ここに来られるまででも驚くことです」
「そうだな。しかし」
「しかし?」
「わしも渡辺殿と同じ病ならだ」
今の彼と同じ様な状況ならというのだ。
「同じことをしていた」
「ここに来られていたのですか」
「そして果し合いをしていた」
今の彼の様にというのだ。
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