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八百比丘尼
3部分:第三章
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の帰りに行かれたらどうですか?」
「まあ考えてはみます」
 あまり考えずにこう返した。
「関東は好きではないのですけれどね」
「水がよくないと」
「はい」
「京や大阪の人はよくそう言われますね」
「食べ物の味も全然違いますしね」
 ここでお茶を一口含んだ。
「お茶も全然違うんですよ」
「ですね」
 これは尼さんもわかっていることであった。
「お茶はやっぱり京です」
「はい」
「けれど。あの街も随分と変わってしまいました」
 ふと遠くを見ていた。
「一度焼けてしまってから。本当に」
「そうなのですか」
 応仁の乱らしい。
「それまで残っていたものが。殆ど」
「凄い戦乱だったらしいですね」
「はい。都が焼け野原になって。多くの人が逃げていきました」
 都落ちした公家も多かった。戦国が終わりになりようやく織田信長や豊臣秀吉により復興されたのである。これは歴史にある通りであった。
「あの時で。都を去りました」
「京におられたのですね」
「ええ。暫くの間」
「はい」
 聞いていてそれはあくまで彼女の基準であり、実際にはかなり長い間の時間であろうと思った。だがそれは口に出しては言わなかった。
「それまでは。若狭にいたのですが」
「若狭に」
「はい。今は何といいましたっけ」
「今は京都にありますが」
 今の基準で考えると同じ府にあるがその時は違っていたのだ。違う国であったのだ。それに今でも同じ京都府にあっても京都とあの辺り、そう舞鶴近辺は全く違う地域である。山を越えていかなければならず、その山がまた深いのだ。そして山を越えたその場所はいつも雨や雪が降る港町なのである。
「そこにおりました」
「そうだったのですか」
「あれは私が娘子の時でした」
 彼女はまた語った。
「お父が。変わった魚の肉を私に食べさせて」
「魚の」
 どんな魚か不思議に思った。確かにあの辺りは魚がいいことで知られている。私も北陸やあの辺りでは魚と酒を楽しんだものである。
「それからです。私は一人残るようになったのは」
「残るとは」
「私の夫は。次々と死んで」
 私はそれに関してはあえて何も言わなかった。別れの辛さは本人にしかわかりはしないだろうと思ったからだ。
「いつも私だけが残ったのです」
「そうだったのですか」
「あの時も。私は見ました」
 横目で彼女を見ると遠い目をしていた。
「北の方へ向かう山伏様達が」
「それは何時の頃のお話ですか?」
「鎌倉様、いえ入道様が亡くなられた後でしょうか」
 鎌倉、といえば鎌倉幕府か。だが入道というと。若しかして平清盛のことかと思った。
「北の方に行かれていました」
「それは若しかして」
「はい」
 彼女はまたしても頷いた。
「ここで。亡くなられた方でした
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