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喫茶店
第五章
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第五章

「そんなことがあったんだ」
「そうらしいわ」
 可愛らしい女の子が黒を基調としたレトロな店のカウンターで若い男の相手をしていた。見れば女の子なのに洒落たタキシードのベストに蝶ネクタイ、ズボンといった格好であった。
「曾爺ちゃんの話だけどね」
「そんなに昔だったんだ」
「お婆ちゃんはついこの前みたいな感覚で言うけれどね。もう大昔よ」
「この店ができた頃からだからね」
「うん」
 女の子は客の言葉に頷いた。
「戦争が終わってから暫く。苦労したんだ」
「しかし軍人さんからマスターになるなんて珍しいわね」
「曾爺ちゃんの話だと何でも今でも軍人らしいよ」
「今でもって」
「そっ、今は隠居してるけれどね」
 女の子はここでにこりと笑った。
「曾婆ちゃんと一緒にね」
「そうか、まだ御健在なんだ」
「コーヒーの入れ方教えてくれたんだ」
「ふうん」
「これを飲んだ人が元気になるようにって」
「確かに美味いね、このコーヒー」
「ありがと」
 それを言われてにこりと微笑む。
「そう言ってもらえると助かるわ」
「いやいや、本当に」
 客は手を振ってそう言った。
「こんな美味いコーヒーそうそうないよ」
「曾爺ちゃん今でも言うんだ」
「何て?」
「コーヒーを飲んで元気になってくれる人がいればそれだけ日本が元気になるって」
「ふうん」
「もうソ連もなくなったけど日本はまだ完全に元気になってないって言ってね」
「何か深刻な話になってきたね」
「曾爺ちゃん軍人さんだったから」
 女の子はまたそれに言及した。
「戦争に負けたことが忘れられないんだ」
「やっぱり」
「終戦直後は色々あったらしいんだ。切腹しようとしたり」
「そういうことは結構あったらしいね」
「そうらしいね」
 実際に敗戦の国難に殉じ自決した多くの軍人達が存在した。中にはまだ若いこれからの青年達もいた。彼等は敗戦を悲しみ、そして国に殉じたのである。それを嘲笑うことは誰にも出来ないであろう。彼等にも彼等の考えがあり自ら命を絶ったのであるから。
「それでね。曾婆ちゃんに止められて」
「喫茶店のマスターになって」
「自分のコーヒーで少しでも多くの人を元気にするんだって頑張ったらしいよ」
「そしてこの店を建てて」
「うん。で、今あたしがここにいるのよ」
「美味いコーヒーも飲める」
「曾爺ちゃんに言わせればまだまだらしいけれどね」
 少し苦笑いを浮かべた。
「けれど。段々よくなってきてるってさ」
「よかったじゃないか」
「あたしのコーヒーも日本もね」
「日本もか」
「あたしが小さい頃は本当にお¥どなるかって心配してたそうだけれど」
「それが変わったんだな」
「うん。後は御前に任せたなんて言ってるよ」
「お店かい?」
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