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亡命編 銀河英雄伝説〜新たなる潮流(エーリッヒ・ヴァレンシュタイン伝)
第百二十四話 主権者
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「ヤン提督、貴方は民主共和政を信奉している。何よりも尊いものだと信じている。そうでしょう?」
「ええそうです、当然でしょう」
提督が答えるとヴァレンシュタイン委員長は微かに笑った。牙を剥いた、そう思った。
「では私の質問に答えてくれませんか」
「……」
「民主共和政国家では主権者である市民が為政者を選び政策を選択する。そうですね?」
「そうです」
「失政が起きれば市民は自らの選択を反省し次の選挙でそれを正す」
「そうです。民主共和政においては失政は誰の責任でもない、市民の責任なのです。君主独裁政のように無責任に為政者を批判する立場にいる事は許されない」
委員長の顔からは笑みが消えない。彼は本当に楽しんでいる。ヤン提督とこういう場を持つ事を望んでいたのだろう。
「つまり市民には正しい選択をする判断力と自らの過ちを反省する謙虚さが必要というわけです」
「……ええ」
「しかし古来より為政者達が必読書として愛読するのはマキャベリ、韓非子です。これは民主共和政国家でも変わらない。そしてマキャベリ、韓非子の思想の根底にあるのは性悪説だ。如何思います、これを」
「……」
ヤン提督が答えずにいるとヴァレンシュタイン委員長が“答えられませんか”と言った。
「人間という生物は正しい選択をする判断力と自らの過ちを反省する謙虚さ等というものは持ち合わせていないという事です。その本質は極めて無責任で愚かで傲慢だ」
ヤン提督が唇を噛んだ。怒っている。しかし委員長は気にする事も無くサラダを食べ始めた。食べながら頷いている、気に入ったらしい。
「全ての人が愚かとは限らないでしょう。それに常に愚かな選択をするというわけでもない」
ヤン提督の異議に委員長が頷いた。
「その通りですね。しかし民主共和政では多数決で物事を決定する。馬鹿が多ければ誤った決定をする事が多いという事です。そして一度の愚かな決定によって国が傾く事も有る。貴方の言った事は気休めにもならない。貴方だってそれは分かっている筈だ」
醒めている、そう思った。帝国からの亡命者だからだろうか。酷く醒めた目で民主共和政を見ている。いや見ているのは人間かもしれない。根本には人間に対する不信が有るようにも思える。委員長の言う事を否定したかったが出来なかった。何処かで頷いている自分がいる。
「従って民主共和政国家では為政者は主権者である市民が誤った方向に進まないように腐心する事になる。民主共和政国家の理念と現実の相違、それこそが民主共和政国家が不安定である理由ですよ」
「……では君主独裁政国家は如何なのです?」
ヤン提督が質問すると委員長は声を上げて笑った。
「ヤン提督、まさかとは思いますが貴方は私が君主独裁政を擁護している、そう思っているんじゃないでしょうね」
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