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乱世の確率事象改変
風吹く朔の夜、月は昇らず
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目を細めて彼女を見やった。真っ直ぐな黒い瞳に射抜かれて、仲達の身にゾクゾクと快感が来るも、薄く笑って彼を見返した。

「いいえ、ガラクタです。権力も、財も、想いも、全てが一重の瞬刻。流れゆく歴史の中の一つまみでしかありません。どうせ死んだら全てが終わるのですから、全てが徒労でしかないんです。だから……壊されない平穏を作って世界を変え、名などと曖昧で不明瞭な形では無く、本当に失われないモノを確立するのではないですか」

 言い返そうとしたのは月。彼はそれを手で制した。風はぼんやりと眺めながら、二人のやり取りの行く末を読み始めた。
 秋斗は……普段の彼とは似ても似つかない笑みを浮かべ、口の端を歪めていく。

「面白いなぁ。お前さんは全てを分かった気でいるのか」

 ゾクリと寒気が一つ。仲達は彼から目を逸らす事が出来なかった。次に返される言葉が全く予測出来ない。自分よりも先を読めるのか、自分よりも有力な論があるのか、感情論なら切り捨ててくれよう……彼女の中で思考は積み上げられ続ける。
 彼女は知らない。彼がどれほど膨大に積み上げられてきた歴史を知っているのかも、そして……一度世界の外の理に触れている事も。黒麒麟の記憶が無くともそれだけあれば、籠から出た事の無い鳥に語りかけるは十分であった。

「狭いぞ仲達。お前は俺よりも少ないほんの一部しか知らないんだ。世界は理不尽で、残酷で、例え悠久の平穏を作り出そうと動いても、作り出せたとしても、一人の人間が行うたった一つの選択で全てが壊れてしまうモノだ。そこには慈悲も無く、救いも無く、虫けらを殺すかのように行われるだけだ」

 それは彼女にとって謎かけのような言葉だった。しかし……彼の真剣な瞳は何か強いモノを携えていた。
 彼は、たった一つのスイッチを押すだけで万を超える虐殺が行われる世界を知っている。たった一度引き金を引くだけで人を殺せる世界を知っている。殺意など無く、保身でも無く、利のみで莫大な人を簡単に殺せてしまう世界を知っている。
 だから彼にとって自分が世界の為に動かないという事は、核兵器のスイッチを押す事に等しく、自身がそれの被害に含まれる為に以上でもあった。
 引き籠っていた仲達に理解出来るはずも無く、この世界の誰も理解出来るわけが無い。人が信じられるはずの無い、世迷い事と切り捨てられる真実を一人知っているゆえに、不測の不和を齎さないように誰にも話す事など出来ずにいるのだから。
 天の御使いは民にとって希望でも、敵対する有力者やその恩恵を受ける人々にとっては抗って当然の存在。異物は嫌悪を齎し、世界を手にしようとする異界からの侵略者が怨嗟を全く向けられずに居られるなど甘い認識。だから、嘗ての『彼』は嘘を付き続け、その世界の枠ギリギリの皮を被る事を選んだ――――――今の秋斗も同様
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