風吹く朔の夜、月は昇らず
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だった。
今日の彼女は給仕では無く、店長にも休みを貰っていて、お通しだけ運ぶ係りを買って出ていただけ……では無く、今日の昼を以って彼女は娘娘を辞めていた。彼の隣にずっと居る為にと、店長に許可を貰って。自然に近づく為に娘娘の給仕の格好のままでお通しを運んできたのだ。
「失礼しま……す」
普段見慣れていた筈の仲達の有り得ない姿に、料理を運んできた給仕の思考が一瞬だけ止まる。しかし彼女も接客のプロ。直ぐに切り替えて料理を並べてから部屋を後にした。
前菜のサラダが四つ。彩りは申し分なく、好みで変えられるドレッシング付き。
ほうと感嘆の息を漏らした秋斗は、仲達をひょいと抱えて膝から降ろした。
「仲達ちゃん、でいいかな? 妹がどうのは後にしよう。君の分もあるみたいだからとりあえず一緒に食べようか」
「……はい」
渋々、といった様子で席に着いた仲達。
じとりと、風は仲達を見据えた。何を考えているのですかという様に。
それを受けて、仲達は冷たい瞳を返す。分からないんですかという様に。
月は眉を寄せ、彼に抱きついた少女を訝しげに見やって何者なのかと思考を向け始めた。
「いただきます」
そんな三人に構うことなく、秋斗は嬉しそうに手を合わせて食事に取り掛かり始める。目の前の少女達が何をしていようと、彼の興味はそそられない。運ばれてきた料理を食べる方が先決である。
ゴマドレッシングのようなモノをサラダにかけて、シャクシャクと小さく音を鳴らして野菜を咀嚼。綻んだ表情はどれだけおいしいのかと、見ていた三人にも伝えていた。
急ぎ、三人も手を合わせてから食事を始めた。
驚愕に目を見開いたのは月のみ。彼女はまだ娘娘の料理を知らなかったから当然。現代で言えばただのサラダ、しかしてその味は洛陽の都で食べていた最上級のモノにも匹敵した。店長の料理は元々の腕も去る事ながら、秋斗の知識を取り入れた事によってこの時代では有り得ない、現代に近いクオリティに到達しているが故に。
「相変わらず店長さんの料理はおいしいですねー。しかしいつもよりおいしく感じるのはどうしてでしょう?」
「どんなお客様にも、平等に作っているようですが……今回ばかりは、情という最高の調味料が多分に含まれてると思います」
「おお、お兄さんへの愛情ですか」
「一応……薔薇の華が咲いた訳では無いです」
「風は親愛の意味で行ったのですがー」
「……百合の華を、愛でる覇王よりはマシでしょう」
「普通の趣味を持つ風からすれば、二つの華はどっちもどっちなのですよー」
「知ってて、聞いた風ちゃんもこれから妄想してしまうんじゃないですか?」
「……ぐぅ」
「ふふふ、引き分け続きでも、今日こそ私の勝ちです、風ちゃん。負けを認めて、今日のでざぁとを――」
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