風吹く朔の夜、月は昇らず
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と悲哀を、しかし涙を一筋流しながら。
月はいきなり現れたかのような店長の存在に驚いて、食べようとしていた一口目を落としてしまった。
「ふふ……徐晃様を驚かそうと思ってもダメですね。その通りです。一品一品を味わって頂く事が大切ですから。気に入って頂けましたか?」
「ああ、おいしかった! あんたの腕は最っ高だな! でも……ごめん」
飛び切りの笑顔を店長に向けて、だが直ぐに彼はしゅんと肩を落とした。理由は店長も分かっていた。
「やはりダメ、でしたか。私の腕もまだまだですね」
「いや、そんなことは無いぞ。俺が食った事のある同じ名の料理の中でも最高のおいしさだった。俺が教えたのなら、うろ覚えの作り方や材料だっただろ? それなのにここまで見事に出来るなんて、店長さんの腕と才能と情熱でしか為し得ないだろうよ」
さらに悲哀を色濃く浮かべた店長は、もう涙を抑えられず、手を口に当てて嗚咽を漏らした。
「……っ……さん、などと……あなたは呼ばなかったのに……本当に、あなたは、本当に記憶を、失ってしまったのです、ね」
性質の悪い悪戯だと思っていたかった。しかし彼から“さん付け”される事で、現実をまざまざと突きつけられた。
自分の料理が多くの人に幸せを与えられるきっかけを作ってくれた恩人の消失は店長の心をかき乱す。さらには、自分の料理でも記憶が戻らない事も彼にとっては絶望だった。
落ち込む空気の部屋の中、仲達はそっと立ち上がり近付いて、店長の瞳を見上げた。
「てんちょーは、料理を作り続けないとダメです。今のこの人も、幸せにしないとダメです」
厳しい言葉、されども真理。自分に出来る最善の選択を取るべきと説いている。
店長は小さくすみませんと謝って涙を拭った。秋斗は何も言えず、どうしようもない自分を呪うしかなかった。
仲達の言葉に心臓が跳ねたのは月だった。
雛里が言った事と同一の意味を持っているのだから当然。俯きながらグッと拳を握って、きっと戻して見せると心に再び誓う。
じっと、店長から視線を切った仲達は月を見ていた。
「お兄さんの記憶が戻るかどうかは置いといて、風はとりあえず言いたい事があるのですよ」
いつものように風はのんびりと語る。一口だけアイスを口に入れて、優しいその味を堪能してから彼女はその場の全員を見回した。
「皆は食べないのですからこのおいしい『でざぁと』は風の独り占めでいいですねー」
何を話すのかと気を張っていた皆は、あまりにズレた発言に力が抜ける。ただ、哀しい空気は一気に吹き飛んだ。
「食事ってのはシメが大事なんだから譲るわけないだろうが」
「引き分け、だったんですから私も食べます」
「わ、私もあげませんよ」
急ぎ、三人がアイスに口をつけ
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