志乃「兄貴は私の引き立て役」
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。カラオケは本来皆で楽しむための場所だ。歌専門は養成所とかにでも行けって話だよな」
これは本音だった。俺は歌いたい。それが今やりたい事だった。けれど、俺はカラオケで満足している。全国採点で高得点と高順位を出して満足している。バカな話だ。歌って食うならもっと本格的な場所でやらなければならないのに。
「それは、今までが厳しかったからそう思うだけだよ」
俺が自虐的に笑っていると、志乃がこちらを向いてそんな事を言い出した。その目はわずかに赤くなっている。まるで、満月に浮かぶウサギのようだった。
「兄貴はこれまで剣道を通して厳しい生活を送っていた。だから、極端になっちゃってんの。何もかも本気で構えようとしてんの」
「そんなの、当たり前だろ。中途半端は一番良くない」
「だって兄貴、『どうでも良い』ってそういう意味でしょ?」
そこで俺はハッとする。俺は、こいつに言われるまで気が付かなかった。そうだ、どうでも良いって言うのは全てを放棄するという事。つまり、全てを途中で終わらせるという事なのだ。
「俺は兄貴失格だな」
「兄貴失格なのは昔からだから大丈夫。それより」
……そこはフォローしてくれないんだ。まぁ、素直に褒められても恥ずかしいだけなんだけど。
「兄貴は今、歌うたいんだよね。それは確かなんだよね」
「……おう。俺は歌いたい。それは本当で、偽り無い答えだ」
俺は歌いたい。でも養成所に通う事は金銭的な話で難しい。カラオケなら抑えられる。他にやりたい事はあるか。否。あったとしてもそれは熱中するような事では無い。
自問自答を繰り返して、俺はそう言った。剣道の次に俺が努力と言える事をしたもの。剣道の道を外れた今、それ以外にやるべき事は無かった。
それを志乃に伝えると、こいつは顔を俯け、やがて決心したように俺の顔を見据えた。
「ど、どうした?」
「……役」
「ん?声小さくて聞こえない」
「引き立て役」
「……は?」
「兄貴は私のピアノの引き立て役。ひたすら歌って」
こいつはよく突拍子もない事を言い出すが、これは理解が追い着かなかった。
だが、俺は良い意味の中途半端で、考える事を放棄してしまう。
だって、いつもは不機嫌そうな妹が、可愛らしい笑みを少し浮かべていたんだから。こりゃ仕方無いだろ。
乗りに乗って、俺は聞いてみる。
「ちなみにさ、志乃」
「何、兄貴」
「その、俺の歌上手かった?」
「上手かった」
……妹が変だ。俺をこんな素直に褒めるだなんて……。
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