忘却の花冠
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近の井戸場で持ち上がる話題はそれだった。
「ねえ、そう言えばあの子どうしたのかしら?」
「あの子?」
「ほらっ、………………えーっと………………ラ、ラ、……そうそうっ!ラザードさんの娘さんっ」
「ああ、ルヴァーナね」
そうそうっ!と、話し相手を指差すマダムの手は白いシャボンで濡れている。
共同井戸場で主人のシャツの汚れと格闘を繰り返し、そろそろ新しいのを買わないとダメねと、ため息を吐いた後のことだった。
上げた視界にはよくここで喋る人物の横顔が映った。
首元まで真っ直ぐに伸ばされた栗毛には自分と同じ白い髪が酷く目立っている。
彼女とは結婚してからの付き合いで、もう三十年くらい経つであろうか、子育ての悩みも夫への愚痴も嫌な顔など一つも見せずに聞いてくれる。
今はないあの森の奥にあった町から身一つで嫁いで来た自分にとって、地元に残してきた友人よりも親友に近い存在が彼女なのだ。
そう言えば、彼女の家はあの子の家の近くにある。
両親が亡くなってから気丈にも唯一残された洋菓子店を切り盛りしているルヴァーナと言葉を交わすことが限られていても確か、末の息子は同い年だったはず、何か聞いているかもしれない。
そう淡い期待を寄せながら訊ねたのだが、彼女は表情を暗くして左右に首を振った。
「私も噂以上のことは知らないわ。息子もあの子も卒業したし、それにその息子自身、鍛冶師の修行に出掛けていて知る由もないわ」
悪いわねと一言付け加え、再び目線を洗濯物へと戻す。
結婚してから約三十年間、いっぱいに詰め込んでいたはずの洗い桶の中には夫と自分の二人分しかない。
彼女が今の自分を見たらどういうだろうかと考え、再び手元を冷たい水の中へと沈めた。
「お加減はどう?」
「あっ…入ってきちゃダメっ!……風邪がうつっちゃう」
自室のドアを軽くノックして入ってきた人物にそう言うが、本調子ではないからだろうか、お構い無しにベッドのすぐ脇にあるイスに腰掛ける姿にホッとしてしまう。
アレから早一ヶ月、一大イベントが終わる頃には体中が重くなり、ベッドに倒れ込むルヴァーナに風邪は容赦なくその猛威を振るった。
頭の血管がドクドクと煩く脈打ち、目を閉じてもなかなか寝付けない日が続き、目の下にはすっかりクマが出来てしまっている。
ミレイザは優しくその頬に手を添えると盛大なため息を吐いた。
まだ十代後半とは言え、ここ数日何の手入れもしていない肌はとても青白い。
ブラウンのくせっ毛も最近髪を梳かさないお陰で、好き放題にその範囲を拡大しつつある。
「ちゃんと栄養のあるモノを食べてる?」
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