彼女は雛に非ず
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の斥候に持たせて幾日。
劉備軍は華琳様の治める領を行軍し始めたが……驚く事に一万の兵が曹操軍に降った。
その兵達は孫権軍との戦に参加した兵。彼が『家を守ろう』と示した新参の勇者達だった。徐州を守りたいから劉備軍には付いて行かない、ましてや自分達を導いてくれた黒麒麟は此処にいるのだから、と。彼が行った白蓮さんの真似事の効果は絶大だった。
劉備軍はその兵達の想いを汲み、残った兵達が行軍出来るだけの糧食以外を置いて送り出した。
徐晃隊やその隊となら指示を出しやすいと判断して戦場へ向かおうとするも、華琳様に止められた。
曰く、秋斗さんが目覚めた時に傍に居るべきなのは私であり、出来る限り平穏な日常を意識させた方がいいとのこと。
月ちゃんも詠さんもそれには同意なようで、私と共に付近の出城で秋斗さんの目覚めを待っていた。
城に到着してもう六日、未だに彼は目を開けていない。
うなされる事は無くとも、死人のように蒼白な顔で彼は静かに与えられた寝台に横たわっていた。
世話をした。話し掛けた。頭を撫でた。……口付けもした。
涙も流した。笑顔も作った。怒ってもみた。
毎日一人で、時には三人で、彼との時間を過ごしていた。
それでも彼は起きなかった。
「秋斗さん……」
もう数え切れない程呼びかけた彼の真名を口にする。何も返してくれない。前までなら不思議そうに見つめて来た黒い瞳は無く、心暖めてくれる穏やかな声音も無い。
揺すってみた。
抱きしめてみた。
手を握ってみた。
温もりはそこにあるだけで、私に何も与えてはくれなかった。
「……起きて」
彼がこのまま死んでしまうのではないかと何度も恐怖した。だから私は願いを紡ぐ。
「……起きて」
目を覚ました時にいつもの笑顔を向けてくれるのだと信じていた。だから私は想いを向ける。
「……っ……起きてっ」
そっと届けてくれた甘い愛の囁きをもう一度聞かせて欲しい。生き残って自分からもう一度伝え直すと私は言った……その約束を果たしたい。だから私は祈りを捧げる。
「……うぅ……起きてっ……お願い、ですから……」
涙が零れても、彼が抱きしめてくれたら止まるから。
もう一度、呆れたように笑って。
もう一度、優しい瞳を向けて笑って。
もう一度……いつもの言葉を聞かせて。
あなたがいればそれでいい。
私はそれだけで幸せだから。
今日も目覚めない。それならもう寝ようと思って、手を握ったままで上半身だけ彼の眠る寝台に倒す途中、零れ落ちる涙が一粒だけ彼の手に落ちて……ピクリと、握りしめた手が動いた。
空白となった思考。私の心に浮かぶのは歓喜……では無く、愚かしい事に怯えだった。
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