彼は一人、矛盾の狭間にて
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の証明。
朱里の瞳は絶望に染まる。終わった交渉の再発。こんな事態になるとは思いもよらなかったのだ。
彼女は覇王を見誤っていた。引っくり返った形勢は戻らない。どんな交渉が行われようとも、秋斗は華琳の元に行くと理解していて、それを覆す事が出来るのは朱里では無く雛里だけなのも分かっていた。
桃香の答えを聞き、心の内で華琳は笑みを深めた。
――掛かった。これで劉備と徐晃に逃げ場はない。絶望の底に堕ちて、二人それぞれが個として確立される事になる。
桃香は朱里にとっての絶望の切符にサインした。桂花は己が主の本気を見た事によって歓喜を抑え切れず、両手で口元を覆って笑みを隠した。
がっくりと項垂れる朱里を見て、愛紗は訝しげに問いかけた。
「朱里? どうしたというのだ」
朱里は答えず。俯いたままでぶつぶつと言葉を零し続ける。幾つも、幾つもこれから行われる交渉の筋道を計算して、どれもが自身の願いに届かない為にその声は震えはじめた。
蒼褪めた顔も、震える声も何かに怯えているかのよう。心配になって近づいた愛紗はその言葉を聞いてしまった。
「これじゃダメだ。秋斗さんが取られる。私のせいだ。兵を犠牲にしてでも逃げればよかった。最悪でも孫策軍に降ればよかった。失敗した。もうあの人は帰って来ない。嫌だ、いやだ。それだけは嫌。あの人と戦うのは嫌。あの人と殺し合うのは嫌。だってあの人は……仲間でさえ躊躇いなく……切り捨てるんだから。それに……あの人は……」
愛紗は朱里の余りの異様さに悪寒が身体を駆け巡る。自身よりも頭のいい彼女が絶望している事が理解出来ない。朱里が秋斗を信じていない事が理解出来ない。朱里が彼に怯えている事が理解出来ない。
朱里が怯えているのは二つ。彼が敵に対して容赦しないという事と、彼の知識がどれほどのモノであるのか正しく把握しているからであった。
「落ち着け朱里!」
肩を掴み、大きく声を出して朱里を揺さぶると……ゆっくりと顔を上げて、泣き笑いの顔で愛紗を見つめた。その瞳は昏く濁り、現実を知って心が折れかけた洛陽に於けるあの時のようだった。
何かを求めるように朱里は愛紗に抱きつく。桃香はその背を抱きしめた。大丈夫、大丈夫と優しく諭して頭を撫でながら。
哀れな……と誰に聞こえずとも零したのは桂花。嘗てその才を間近で感じていた為に、朱里が自分のような主に仕えられたらと同情してしまうのも詮無きこと。
異常な空間となった天幕で、突如春蘭が勢いよく振り向いた。
徐々に、ゆっくりと近付いてくる足音は引き摺るようなモノと、小さなモノ。華琳の斜め前に立ち、春蘭は警戒をあらわにする。
「劉備様、徐公明と鳳士元……ただ今到着しました。報告の為に天幕に入ってもよろしいでしょうか」
公式の場に
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