彼は一人、矛盾の狭間にて
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痛みと重圧を伴うことか。新しく繋いだ絆の全てを、乱世の勝利を確信したその時点で断ち切る痛みなど雛里には想像も出来なかった。そして自身が掲げるモノに矛盾してまで桃香を信じきる……自分の矜持を捨てる事は自分では無くなると同義であり、その莫大な重圧はどれほどのモノなのかも分からなかった。
乱世の最後に、たった一人で裏切り者の汚名を被って全てを終わらせる。嘘をつき続けて自身の心を切り刻む。それが彼の選んだ答えだった。
苦しまないはずが無く、壊れないわけが無い。一人ぼっちで獅子身中の虫となり、世界を変えるなど出来るわけが無い。雛里と月と詠が支えているからこそ、彼は壊れないでいるのだから。
そう考えて、はらりと涙が零れた。
きゅっと唇を引き結び、彼女は思考を巡らせる。
雛里は交渉の結果、桃香が秋斗含めた幾人かを切り捨てると選択をしたなら、彼の望む通りにするつもりだった。
――離れるのは嫌。会えないのは寂しい。せっかく想いが繋がったのに……秋斗さんと一緒にいられないなんて絶対に嫌だ。でも……彼が望むのなら私は応えたい。秋斗さんと並び立つに相応しい私になりたいから、壊れそうになろうとも耐えてみせよう。彼が壊れてしまわない事を遠くで信じながら。それが秋斗さんの為、誰かが信じてこそ秋斗さんは壊れないでいられるから。
幾分か壊れるであろう事が分かっているのに、どうか壊れないでと矛盾を願いながら、雛里は覚悟を固めて行く。たった一人でも彼の事を信じ抜く……そうすれば人としての最後のラインは保たれて平穏な治世の中で徐々に落ち着けて行けるのだと言い聞かせていく。
彼がそのまま曹操軍に骨を埋めるという考えは無かった。何故ならば、彼がこれまで劉備軍内部で自分を殺してきたように、曹操軍でも自身を圧し殺すだけなのだから。
同時に、桃香が選べない時の事も考えていた。自身が何をするか、彼に対して何が出来るかを。
着々と積み上げて行く思考、その中にあるのは朱里の最後の狙い。
大徳の風評を利用した脅し。対価を下げさせて全員が助かる方法。桃香は同盟を認めて貰う為の我慢比べ程度にしか考えていなくとも、自身の親友である朱里の思考ならば全員で逃げ出す為だけを狙っていると把握していた。
雛里の心は冷えて行く。それが為されたなら、間違いなく秋斗は絶望に落とされる事を理解して。
桃香を信じて縋っている秋斗は、誰かを切り捨てられなかった桃香に絶望する。
他人に信じて欲しいと願う弱い男は、自分が誰かのモノになると、己が味方に信じられなかった事によって絶望する。
己が片腕を切り捨てて辿り着いたそこで、大陸の未来を考えられなかった、自分と違うやり方を貫き通す仲間達に絶望する。
大切な友の命を諦観した同じ事実を持つモノは、もう一度それが出来なかった相手を
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