アインクラッド 後編
Backside of the smile
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が、そこで初めてわたしから見えた。
「ん……朝、か……」
「え、あ……」
彼は笑っていた。いつものクールな無表情からは程遠い、朝日にも似た、優しげで柔らかい笑顔。疑問をぶつけようとしていたわたしは、思わず言葉に詰まってしまう。
その間にいつもの無表情へと戻った彼は、わたしの手をベッドに置くと、わたしに背を向けて立ち上がる。
「あ、あの……」
「一九九一年」
わたしの言葉は、今度は言葉で遮られた。マサキ君は一度言葉を切って短く息を吐き、もう一度吸い込んで続ける。
「イギリスの物理学者スティーヴン・ホーキングは時間順序保護仮説を提唱した。これによれば、場の力が無限大にならない限り過去へのタイムトラベルは不可能になる。そして、現状場の力が無限大になることはないと考えられているため、タイムトラベルは起こり得ず、よって因果律も保存される。そしてそうなれば、バタフライ効果だって起きる」
「……え?」
いきなり専門用語らしきものを並べ立てられ、わたしは困惑するほかなかった。何一つ理解できないまま無言でマサキ君を見つめていると、振り返った彼と目が合った。マサキ君は一瞬迷うように眉をひそめ、今度は躊躇いがちに、若干俯き加減で話し出す。
「……つまり、過去に行くことが出来ない以上、過去は変えられない。誰かのしたことが歴史から消え、無駄になることもありえない」
そこまで聞いて、昨日わたしが求めた答えを出そうとしてくれているのだと、ようやく気付いた。少し冷淡なイメージがあっただけに、マサキ君がやり辛そうに人を励まそうとする光景は、ちょっぴり可笑しいものだったかもしれない。けれど、今のわたしにそんなことを気にする余裕などなく、わたしは彼の言葉聞き入っていた。
「……それと、もう一つ。どうせ、自分は自分からは逃げられない。見えないのは、波に呑まれて沈んでいるだけだ。だから、そのうち浮かんでくる。……じゃあ」
「待って!」
再び背を向けて出て行こうとするマサキ君に、わたしはベッドから跳ね起きながら言った。足を止め、ドアノブに手をかけた状態でわたしに振り返る。
「……その、これから、何処に行くの?」
「これを直しに」
わたしが尋ねると、マサキ君は蒼風をストレージから取り出して柄の部分を向けてきた。見ると、濃紺色の糸で飾られた柄の端に、幾つか細い亀裂が走っていた。
「え、えっと、じゃあ、その……」
――そんなことしても無駄だ。独りなのは変わらない。
胸の何処かで、そんな声が響く。それもそうかもしれない。だって、今彼が言ったことが本当かどうかなんて分からないのだから。けれど。この人といてみようって、そうすれば何か見つかるかもって、それを言ってるのは、少なくとも偽のわた
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