第一章、その5:門の正しい壊し方
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慧卓が足早に地下牢を出でてから数分、熊美は何をするわけでもなく、壁に寄り掛かりながらじっとその場で目を伏せて待機していた。今から為す事の騒々しさを考慮すれば、彼には遠くへ行ってもらわねばならいからだ。さもなくば、駆けつけてくる賊徒達の視界に入って敢無く御用という事も考えられる。
(さて、あの子はもう遠くへ行ったかしらね?)
熊美は目を開いて、鉄格子の反対側の壁の前に立つ。その凸凹とした土壁を触って感触を確かめる。ひんやりとして、ざらざらとした土の感触だ。ちょっとやそっとの震動では崩れないであろう。
(久しぶりに、弩派手なのを打ちますかね...)
熊美は己の骨肉を解すように肩を鳴らし、手首足首を回す。小気味の良い音が響く。肩を何度か回して身体の具合を確かめると、熊美は半身を開いて右手を己の腰に当てて、左手を土壁にそっと添える。さらりと紅のドレスが靡いて、筋骨逞しい両脚が覗かれた。
「すーーーーーーっ、こぉぉぉぉぉぉ......」
深く深呼吸をして己の心を溶かしていく。頭の中に蔓延していた意識が溶解していき、まるで無色の海が広がっていくように、彼女の頭の中を澄み渡らせていく。塵屑のように散らばっていた雑念が払いのけられていき、どきどきと鳴り響く心臓の鼓動が熊美の身体を支配していく。
これより行う事に、雑念も意識も無用の長物である。ただ己の心を体躯に溶かし、その脈動の赴くままに気を放つのみ。色褪せて消えて行った雑念の中で、その思いだけが虚心の身体を昂ぶらせていった。体躯には一分たりとも無用な力が込められておらず、熊美はただ自然体に凛として構えを作っている。左手の指先に感じる土の冷たさを過敏に感じ、身体の中を這い巡る血流の熱を感じる。心が体に溶けて、技に魂を宿らせていく。其の姿は、当に古今東西の戦士があるべき、泰然自若とした達人の構えであった。
瞬間、熊美はくわっと瞠目し、全身全霊を込めて足を踏ん張り、腰を捻り、左手に拳を作り上げて壁に打ち込んだ。
「っっらぁぁああああ!!!!!!!」
裂帛の一声に続き、爆発したかのような破砕音が鳴り響いてその一声に被さる。悠々と己を誇っていた土壁が、槌が打ち付けられたかのように大きく皹を入れて破砕して粉塵を生み出し、砕け散った破片が牢屋の中へと転がり込む。地面を転がった破片が白骨に当たり、人の形を保っていた頭蓋をぽろりと零した。
震動が収まり、立ち込めていた煙が晴れ渡っていく。熊美が未だ形を残してた土壁を蹴りつけると、ぼろぼろと壁が崩れ落ちて壁の意味を失くしている。人一人が自由に入れそうなほどの大きな穴が出来上がった。其処から顔を覗かせれば、下方には嵐に削り取られたかのように聳える奈落の崖が見え、上方にはほぼ直角に近いほどの急斜面を背中として屹立している
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