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瀬戸際タイムマシーン
瀬戸際タイムマシーン
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のか。その顔が理解を超えた印象を与えて混乱させる。何を感じて喜ぶのか。喜びを感じなくてもそれを顔に満たすのは苦痛なのだ。それは私が一番送り出したくない苦痛の一つなんだ。私は好きな人に応援など出来ない。顔がゆがむのだ。そう私には、その場にふさわしい感情、その場にふさわしい表情、その場にふさわしい言葉。何もない事に気づく。私は無言で無表情だ。しかし、それはそれで安住の地なのだ。

 夕暮れから夜景に変わる街を望む高層ビル。普段ならフォーマルなカップルが繁茂する バー「タカサキクニヒコ&キェシロフスキjr」。クミコとその夫 小林賢次郎が足しげく通った思い出の場所だ。ここの話はクミコがまだ私と研究所で働いていた時に聞いた。この街にきて一番気に入っている所なのだとか。緑御影がフロアを覆い、壁の裾からの照明がそれを照らす。ホールスタッフが頭を垂れて来客を迎える。皆、思い思いのドレスとスーツに身を包んだ人たちだ。彼らは刑事とその妻、彼女 独身の勢いのある若手。派手な場所なんてめったに出くわさない。派手な血しぶき。巧みな知能犯罪。被害者と加害者の煩悩の巨大さ。派手だといったらそれが派手だと思う人たち。全ての笑顔が挑戦的だ。私、小村 文(こむら ぶん)は店の奥に行きジントニックとチーズを頼んだ。運ばれてくるまでセブンスターを一本吸う。もう私ときたら家でパスタを茹でるのに二本、風呂が沸くのに四本、モスバーガーが運ばれてくるのに一本と何でもタバコで時間を計りたがる。せっかちなヘビースモーカなのだ。右手人差し指と中指が少々黄色くヤニ臭い。
 ライムを搾りマドラーでそれをステアし一口啜る。「ビフィータ」かな? 少し高めだ。三種類のチーズを一口ずつゆっくり噛んだ。今日の思い出も青い記憶として捨ててしまえばいい。クミコは賢次郎を置いて軽装に着替え、もうお役ごめん、てな感じで友達とはしゃいでいる。私はまた彼女で自慰に耽るのだろう。もう人の物だなんて関係ないのだ。もともと自分の物になった女なんて一人もいやしない。
「何も分かっちゃいないんだよぅこのメスブタと動物野郎ドモヨゥ」酔いがまわっている。
 
私はため息をついて目を閉じた。
遠くに森が見える。その手前の藪を掻き分けて森に入る。視覚とも違うそのイメージの中。私の進むスピードは夢の中のものだ。森に踏み入り、洞穴に入る。端々のシーンを箸折、出口を求める。目の前に広がるのは朝焼けの海。海面の遥か上から眺めている。全てのイメージは現実を揶揄するものではなく、それとしてあった。全ての夢が現実とつながっていなくてもよいのだ。
私は目を開けて周りを見渡した。若い女の子に目が留まった。年増にだけ目が留まるほど老けてはいない。
「今何時ですか?」
 隣の席に座った女の子に帰りの電車の乗り継ぎを聞いた。テキトウな駅名を言った。私だって見
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