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帝国の衛星都市
帝国の衛星都市
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   壱

僕が眠っている間に『帝国』が染み入ってきた。といっても体の内部に異生物が忍び込んでくるというようなオカルトなことではなく、僕の精神の一部、それは常に手の届くはずの思考の自由を侵してきたということだ。それは随分と当たり前の口上を述べて手を握って、微笑をくれた。僕はその優しさがうれしいのです、ずっとその優しさを求めていたのですと嘯いたが、僕の心はひどく曖昧でまた彼らを深く忍び寄らせた。僕はいつそのような優しさを求めたのかを思い出せない。彼らが微笑をくれた後、心が和んで、嗚呼それを求めていたのだと意識したのかもしれない。どちらが先でもなく心の磁化により惹かれたのかもしれない。心は磁気のように僕を揺らがせて、僕は彼らに飲み込まれてしまって、お互い要求どおりな雰囲気になってしまった。
僕はその侵略の意図を分からないままで手を握った。その手の温もりも、不意に他人の肉に触れたしまったときの、明らかに拒まれるべきものではなく、とてもフレンドリーだ。たまに台詞が聞き取れなくて僕は人差し指を立てた。もう一回、と人差し指を立てるんだ。『帝国』から滑らかに放たれた言葉達は意味を無くして、有無を言わさず僕に納得を促す。納得は無抵抗に犯されることをよしとする。
僕の意識はどこか知らない水脈にたどり着いて新しい思考回路を開こうとしている。

「昨日のあの事はこんな意味合いだったかしら、ああ、なるほど」と僕は思う。

『帝国』は確かに染み入ってきた。

彼らは僕のシャツの匂いを嗅いでいる。たまにしかめ面で宙を眺めて鼻をすすり、またシャツの袖口に鼻先を寄せた。僕にとっての侮辱であるかどうかは微妙なところだ。袖口の匂いが好きなのかもしれない。僕は手首にコロンをつけているのだ。柑橘系のいい匂いがする。
彼らは壁をノックしては隣の音に耳を澄ませている。僕の耳には隣の部屋からの返事が聞こえている。隣の住人は人の心を惑わす植物を栽培している中肉の男だ。怒らせたくない。隣に迷惑だからと僕が忠言すると、隣には誰もいないから大丈夫だと彼らは答えた。ではなぜ壁をたたくのですか? 何故? 僕は聞かなかった、聞けなかったのだ。
彼らが冷蔵庫を開け、スパイスのついた菓子を食べて僕のボトルの水を飲み、水をスパイスだらけにして大笑いしたとき、僕はどうやら犯されているのだろうと感じた。冷蔵庫を無断で開けられたことにひどく心を揺さぶられたのだ。そして演技で怒鳴り声を上げた。
「おまいらよぅ、人のことなんだと思っているわけ? おもちゃじゃないのよ。ここは俺の領域よぉ? 法律じゃぁケリが付かねぇ事でもやっちゃいかんのよ。とりあえず出てけよ。俺の右ストレート顔面ヒットするかんなぁ。くらぁ! 出てけっ!」

僕は眠っている間、夢中の彼らに拳を振るっていたらしい。目覚めたばかりでまだ世界が揺
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