肆_犬猿の仲
五話
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しばらくの間、二人は黙ってただそこからの桃源郷の景色を眺めていた。
ミヤコから沈黙を破ることはできなかった。鬼灯の背中は、どこか物悲しい雰囲気だった。
それがどうしてそう思えたのかミヤコにはわからなかった。完全無欠の冷徹鬼神だと思っていた鬼灯が、自然と身近に感じた。
「さて、帰りましょうか」
先に言葉を発したのは、鬼灯だった。
「・・・・・・と、その前に」
「えっ?」
鬼灯はぐいっと金棒を持ち上げると、そばの茂みに向かってそれをぶん投げる。
またもや度肝を抜かれるミヤコ。何かに当たる鈍い音と同時に、呻き声が聞こえた。
「盗み聞きとは悪趣味ですね」
茂みからフラフラと現れたのは、さっき別れたはずの白澤だった。彼は再び鼻血を出している。
「ぬ、盗み聞きじゃんないもーん。僕は堂々と聞いてたんだよ!」
白澤は鼻血を拭いながら言った。鬼灯は眉間をキュッと寄せている。
「わざわざここまで追ってきて、何の用ですか」
「ああ、えっとね」
白澤はそう言いながら、白衣のポケットをごそごそと探る。
ひょいっと取り出したのは、何か液体の入った小瓶だった。
白澤はミヤコの手を甲斐甲斐しく取ると、その小瓶をそっと渡した。
「こんな奴のところで働くと神経も疲れるしいろいろと苦労するだろうから、漢方薬を作った。持って行きなよ」
「漢方薬?わたしにですか?」
「そうだよー。これ、柴胡桂枝乾姜湯っていうんだ。イライラ、疲労倦怠、女の子に多い冷え性にも効果がある。あと、胃潰瘍」
「おい、わたしと関わると胃潰瘍になる前提か」
ミヤコは受け取った小瓶を光に透かして見る。透明で、キラキラと反射して、とても綺麗だった。
薬の名前は、長くてややこしくてもう覚えていないが。
白澤は切れ長の目を細めてニッコリした。
「ありがとうございます。めっちゃ嬉しいです」
「そう。よかった。まあさ、僕も何かあれば協力するから。留守番中の桃タロー君もきっと力になってくれるし、またいつでも遊びに来なよ」
「・・・・・・あなたにしてはそこそこ人並みに気が利きますね」
鬼灯が言うと、即座にカチンときた白澤が彼に詰め寄る。
「お前には絶対にタダで作ってやらないよ!」
「結構です。あなたの薬で治すくらいなら、苦しみ抜いても自然治癒するのを待ちます」
「ほんっとに腹立つ奴だな!」
ミヤコは二人のやり取りがおかしくなって、笑いを堪えた。
やっぱり、よく似ているな。ミヤコは小瓶を着物の袖の中へ滑り込ませた。
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