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素顔
第五章
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 赤龍はこくりと頷いた。そして夕方の試合の為に土俵に向かう。その中の車で隣に座る親方がまた言ってきた。
「あの娘の手術の時間な」
「何時ですか?」
「五時半からだ」
「それじゃあ」
 彼はそれを聞いてすぐにわかった。
「丁度勝負の時ですね」
「そうだ。だからな」
 親方はさらに言う。
「御前が勝ったその力がすぐに手術を受けているあの娘に行くんだ」
「そうですね」
 それは彼にもわかる。何かそれを聞いてかなり勇気付けられる。
「じゃあ何があっても勝ちます」
「その意気だ」
 親方もその言葉に頷いてくれた。
「何があってもだ。いいな」
「ええ。何があっても」
「相手のことは考えるな。勝つことだけを考えろ」
 親方はこうも言う。何もかも美香子のことを考えた言葉であった。
「いいな」
「ええ。勝ちます」
 赤龍はまたその言葉に頷いてみせた。強い言葉になっていた。
「絶対に」
 そう決心しながら土俵に向かう。身体を慣らしているうちに勝負の時間が近付いてきていた。
「もうか」
 五時半だ。美香子の手術が行われる時間である。
「いよいよだな」
 彼女の手術がはじまる。そして彼にも。
「おい」
 親方が声をかける。彼もそれに応える。
「ええ、じゃあ」
「勝って来い」
 それだけであった。だがそれだけで充分であった。
「わかったな」
 今度は無言で頷いた。部屋を後にし土俵に向かう。彼は土俵に向かいながら心の中で美香子に対して語り掛けていた。
(美香子ちゃん、頑張るんだ)
 手術を受ける美香子に言葉を送る。
(俺も勝つから)
 土俵に向かう。今は相手のことは見えてはいなかった。
 見えているのは美香子のことだけだった。それを見据えて今土俵にいた。
 勝負のことは頭に残ってはいない。気付けば軍配が彼にあがっていた。そして土俵を後にしていた。それで終わりであった。
「よくやったな」
 親方が会心の笑みで彼に声をかけてきた。
「見事だったぞ」
「これが美香子ちゃんに届いているんですよね」
「そうだ」
 その言葉に頷いてみせる。
「その通りだ。手術はきっと成功する」
「そうですよね。ただ」
 だがここでもう一つの約束のことが頭の中に蘇ってきた。彼はそれを思い出し急に暗鬱な気持ちになっていくのであった。
 しかしそれでも時間は動くのだ。無慈悲なまでに。そして手術は無事終了し赤龍は彼女と会うことになった。その日が近付くにつれ彼は塞ぎ込むようになってしまった。


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