暁 〜小説投稿サイト〜
鬼灯の冷徹―地獄で内定いただきました。―
肆_犬猿の仲
四話
[1/2]

[8]前話 [1] 最後 [2]次話

 突然、鬼灯が足を止める。ミヤコは危うく、彼の背中に正面衝突しそうになったが、踏ん張ってギリギリのところでぶつからずに済んだ。
鬼灯が遠くの景色を指差す。一体、何をするのだろう。

「ここから見える桃源郷の景色は美しいです。帰りに、一人でよく立ち寄る場所なんですよ」

鬼灯がこんなことを言い出すものだから、ミヤコは「そうですね」以外の言葉が出てこなかった。
鬼灯は少しだけ首を傾けてミヤコを見下ろす。

「・・・・・・あなた、何か思うことがあるのではないですか」

やっぱりだ。やっぱり鬼灯は、気付いている。
ミヤコは遠くを見た。でも、今は綺麗な景色が心に入ってこなかった。

「鬼灯さん」

「はい」

「わたし、まだ一週間しかここにおらんけど・・・・・・その、ここが楽しくて」

鬼灯は黙って聞いている。

「さっき白澤さんが、現世に戻るためにできそうなことを話してくれたとき、ちょっとだけやけど思ってしまったんです。帰りたくないなって」

「どうせそんなことだろうと思ってました」

鬼灯は小さくため息をついて、言った。

「だって、ここに来てから毎日がおもしろくて。唐瓜と茄子も仲良くしてくれるし、シロくんたちと遊んだり、お香さんとガールズトークしたり」

「ガールズトークって」

「正直、現世ではたくさんのことに追われ過ぎてて、窒息しそうなくらい頭がパンパンになって。就活も上手くいかんし」

そうだ。地獄で、閻魔庁で働くようになってからの日々は、新しいことの連続だった。そりゃあ、現世と地獄はこんなに違うのだから、新しいことに溢れているのは当たり前だが。
現世での自分が今どんな状態なのかは全くわからない。それは少し怖かった。
けれども、そういう不安な気持ちも薄まっていく。

「だから、もう少しここにいたいんです。ほんまのこと言うと」

鬼灯は切れ長を目をスッと閉じた。
沈黙が流れる。心地よい風が二人の頬を撫でた。かすかに桃の香りがした。
しばらくして、鬼灯がその静けさを破った。

「あなたは日本人らしく真面目でよく働きます。今の若い人にしては、それなりにちゃんとしている。わたしの仕事も手伝ってくれたり、助かっています。でも」

「でも・・・・・・?」

「それはつまり、死ぬことを望んでいるということです」

ミヤコにはわかっている。わかっていることだが、改めて鬼灯に言われると重みがあった。

「現世で生きようとしている自分自身を、諦めるということですよ」

自分自身を諦める。彼の言葉がミヤコに刺さった。
鬼灯の黒い髪が、風に揺らぐ。

「わたしは鬼ですので、あまり神や仏のようなことを言いたくはないのですが」

「・・・・・・はい」

「あなた
[8]前話 [1] 最後 [2]次話


※小説と話の評価する場合はログインしてください。
[5]違反報告を行う
[6]しおりをはさむしおりを挿む
しおりを解除しおりを解除

[7]小説案内ページ

[0]目次に戻る

TOPに戻る


暁 〜小説投稿サイト〜
利用規約/プライバシーポリシー
利用マニュアル/ヘルプ/ガイドライン
お問い合わせ

2024 肥前のポチ