肆_犬猿の仲
四話
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突然、鬼灯が足を止める。ミヤコは危うく、彼の背中に正面衝突しそうになったが、踏ん張ってギリギリのところでぶつからずに済んだ。
鬼灯が遠くの景色を指差す。一体、何をするのだろう。
「ここから見える桃源郷の景色は美しいです。帰りに、一人でよく立ち寄る場所なんですよ」
鬼灯がこんなことを言い出すものだから、ミヤコは「そうですね」以外の言葉が出てこなかった。
鬼灯は少しだけ首を傾けてミヤコを見下ろす。
「・・・・・・あなた、何か思うことがあるのではないですか」
やっぱりだ。やっぱり鬼灯は、気付いている。
ミヤコは遠くを見た。でも、今は綺麗な景色が心に入ってこなかった。
「鬼灯さん」
「はい」
「わたし、まだ一週間しかここにおらんけど・・・・・・その、ここが楽しくて」
鬼灯は黙って聞いている。
「さっき白澤さんが、現世に戻るためにできそうなことを話してくれたとき、ちょっとだけやけど思ってしまったんです。帰りたくないなって」
「どうせそんなことだろうと思ってました」
鬼灯は小さくため息をついて、言った。
「だって、ここに来てから毎日がおもしろくて。唐瓜と茄子も仲良くしてくれるし、シロくんたちと遊んだり、お香さんとガールズトークしたり」
「ガールズトークって」
「正直、現世ではたくさんのことに追われ過ぎてて、窒息しそうなくらい頭がパンパンになって。就活も上手くいかんし」
そうだ。地獄で、閻魔庁で働くようになってからの日々は、新しいことの連続だった。そりゃあ、現世と地獄はこんなに違うのだから、新しいことに溢れているのは当たり前だが。
現世での自分が今どんな状態なのかは全くわからない。それは少し怖かった。
けれども、そういう不安な気持ちも薄まっていく。
「だから、もう少しここにいたいんです。ほんまのこと言うと」
鬼灯は切れ長を目をスッと閉じた。
沈黙が流れる。心地よい風が二人の頬を撫でた。かすかに桃の香りがした。
しばらくして、鬼灯がその静けさを破った。
「あなたは日本人らしく真面目でよく働きます。今の若い人にしては、それなりにちゃんとしている。わたしの仕事も手伝ってくれたり、助かっています。でも」
「でも・・・・・・?」
「それはつまり、死ぬことを望んでいるということです」
ミヤコにはわかっている。わかっていることだが、改めて鬼灯に言われると重みがあった。
「現世で生きようとしている自分自身を、諦めるということですよ」
自分自身を諦める。彼の言葉がミヤコに刺さった。
鬼灯の黒い髪が、風に揺らぐ。
「わたしは鬼ですので、あまり神や仏のようなことを言いたくはないのですが」
「・・・・・・はい」
「あなた
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