V マザー・フィギュア (1)
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帰宅すると、麻衣がリビングのソファで寝ていた。まったく、2月に上にかけるものもなしに寝るな。風邪をひかれたらこちらが困るんだからな。ただでさえ緊迫した状況の中で病人を庇える余裕など僕にはないんだ。
「麻衣、起き……」
「起きないわ、まだ」
……そろそろ慣れた。もう驚かない。
顔を上げれば、麻衣が頭を向けた方向にしゃがみ込む白い魔女。
「起きないとは?」
「『時』ではないから起きはしない。彼女は今、夢の中にいる」
夢か。さもありなん。麻衣のセンシティブはASCないしd-ASC――変性意識状態ないし分離性変性意識において発動するらしい。本人の主観としては「夢を見る」。そして情報を自分の中に汲み上げる、らしい。この「らしい」というのは、僕も人づてに聞いただけだからだ。
「夢とは本人の心象世界であり、現実世界の反魔法干渉常態の及ばない領域。あらゆる因果が交差してもおかしくない」
「人間の言葉をしゃべっていただけますか。卿の言葉は難解に過ぎる」
「谷山麻衣の才能は過去に向いたもの。よくて現在進行形の過去を感知することしかできない。ただし、谷山麻衣は他者との交感によって能力行使領域を拡張する稀有な能力者。今までは双子とのラインを利用していた」
白い魔女は僕を指さした。
「今は貴方とリンクしている」
「……僕が『ナル』だからですか?」
「そう。谷山麻衣の『ナル』でなくとも、この世界の今では貴方が『ナル』。これはまだ覆らない」
まだ、ね。
産み直しの儀式だったか。本当に『僕』を取り戻させるつもりらしい。
はっ、ありがた迷惑だ。僕は『ナル』で、日高を殺すまでは『ナル』でいつづけるし、日高を殺したあとを考える意味なんてない。奴が死ぬまでにそんな夢想をする余分はない。そんなものは命取りだ。
一念のみを抱け。本懐のみに邁進しろ。
僕は安部日高を殺すまで死ぬわけにはいかないんだ。
「これを視てもそう言える?」
白い魔女はおもむろに僕の手を掴んだ。彼女のもう片方の手は、麻衣の額に置かれている。
まずい。つながれる!
ふりほどくより先に視界が他者の――麻衣のヴィジョンにジャックされた。
返り血と流れた血でできた水たまりに座り込んで自失する青年。漆黒の衣装はアカによって色あせてしまっている。
全てを終えて彼に残ったものは何もなかった。達成感も充足感も解放感も、未来への展望も過去の清算も、死の恐怖からの脱却も生への歓喜も、彼の裡に湧くことはない。
目標に辿り着き、悲願を成就した果てに、彼は彼を支えてきた土壌を失った。
彼はカラッポになってしまった。
(だめ)
彼はただ心臓が全身に血液を循環させるだけの生ける屍と成り果てた。
(いけ
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