V マザー・フィギュア (1)
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が危険な存在になったと、これからなると分かるはずだろう。たったさっき夢に視ていたじゃないか。それで何故君は僕に普通に接してくるんだ。
さっきの「夢」を知る前ならもっと別の感じ方をしたかもしれない。でももう遅い。今の彼女の態度はひたすらに厭わしい。
「もう夕方だ。夕食はどうする気だ?」
「は?」
「作らないのなら何か買いに行くかデリバリーか。とにかく好きにしろ。僕はいらない」
麻衣は昼食を食べていない。自覚してなくても空腹なはずだ。話題を出せば食いつくだろう。
「そのくらい作るよ。自活生活長いんだから。作るからナルも食べて」
「さっきの台詞を聞いてなかったのか。いらない」
「やだ。あんたの分も作ってやる」
やだ、だと? 子どもか。麻衣は普段から「ナル」にこういう態度をとっていたのか。
「僕に構うな」
「いやだって言ってるでしょ!」
麻衣は立ち上がって、毅然と僕を見据える。
「ねえ、ナル。あたしね、ナルが出かけてからずっと考えてたんだ。日高って女のこと、ナルのご先祖様のこと、ナルがしようとしてること。それを知って、あたしはどうすればいいのかって」
言って、麻衣は僕を封じるには充分すぎる行動に出た。
僕に、思い切り抱きついたのだ。押し当てられたやわらかな肉、背中に回った両腕、くぐもる声。何もかもが生々しい。
「夢ならいいのにって思った。この、あたしが知る東京とはどこかズレた街も、あたしの知るナルとは違うナルも、ナルがこれから家族の仇を殺すことだって、全部夢だって割り切れたら楽なのにって。でも、こんなにリアルな出来事を、どうやって夢だと思えばいいのよ。感触も匂いも確かに感じているのに」
この現実が夢なのか、夢が現実なのか。
――胡蝶の夢。
自分が蝶になった夢を見たのか、蝶が自分になった夢をみているのかという、荘子の説話。
「い、言っとくけど、あたしのナルにだってこんなマネしないんだからねっ。あんたが、あんまりほっとけないから……まだ頭ぐちゃぐちゃなのに、こんなことしちゃうんだから」
僕だけ、特別。
馬鹿みたいにそのフレーズを思い起こした。
僕は麻衣を引き剥がした。降ろしていた弓を掴んで、向かったのは玄関。ドアを乱暴に空けて外に出る。2月の冷たい風が全身をなぶった。
「ナル!!」
今は麻衣と同じ空間にいたくない。
これ以上彼女に触れられていたら、とうに潰えた希望を、空々しく信じてしまいたくなる。
そんなものはない。
僕は日高を殺して、日高に殺されたあの頃の僕に戻って、死ぬ。
それだけなんだ。
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