暁 〜小説投稿サイト〜
Meet again my…
V マザー・フィギュア (1)
[3/3]

[8]前話 [9] 最初 [1]後書き [2]次話
が危険な存在になったと、これからなると分かるはずだろう。たったさっき夢に視ていたじゃないか。それで何故君は僕に普通に接してくるんだ。
 さっきの「夢」を知る前ならもっと別の感じ方をしたかもしれない。でももう遅い。今の彼女の態度はひたすらに厭わしい。

「もう夕方だ。夕食はどうする気だ?」
「は?」
「作らないのなら何か買いに行くかデリバリーか。とにかく好きにしろ。僕はいらない」

 麻衣は昼食を食べていない。自覚してなくても空腹なはずだ。話題を出せば食いつくだろう。

「そのくらい作るよ。自活生活長いんだから。作るからナルも食べて」
「さっきの台詞を聞いてなかったのか。いらない」
「やだ。あんたの分も作ってやる」

 やだ、だと? 子どもか。麻衣は普段から「ナル」にこういう態度をとっていたのか。

「僕に構うな」
「いやだって言ってるでしょ!」

 麻衣は立ち上がって、毅然と僕を見据える。

「ねえ、ナル。あたしね、ナルが出かけてからずっと考えてたんだ。日高って女のこと、ナルのご先祖様のこと、ナルがしようとしてること。それを知って、あたしはどうすればいいのかって」

 言って、麻衣は僕を封じるには充分すぎる行動に出た。
 僕に、思い切り抱きついたのだ。押し当てられたやわらかな肉、背中に回った両腕、くぐもる声。何もかもが生々しい。

「夢ならいいのにって思った。この、あたしが知る東京とはどこかズレた街も、あたしの知るナルとは違うナルも、ナルがこれから家族の仇を殺すことだって、全部夢だって割り切れたら楽なのにって。でも、こんなにリアルな出来事を、どうやって夢だと思えばいいのよ。感触も匂いも確かに感じているのに」

 この現実が夢なのか、夢が現実なのか。
 ――胡蝶の夢。
 自分が蝶になった夢を見たのか、蝶が自分になった夢をみているのかという、荘子の説話。

「い、言っとくけど、あたしのナルにだってこんなマネしないんだからねっ。あんたが、あんまりほっとけないから……まだ頭ぐちゃぐちゃなのに、こんなことしちゃうんだから」

 僕だけ、特別。
 馬鹿みたいにそのフレーズを思い起こした。

 僕は麻衣を引き剥がした。降ろしていた弓を掴んで、向かったのは玄関。ドアを乱暴に空けて外に出る。2月の冷たい風が全身をなぶった。

「ナル!!」

 今は麻衣と同じ空間にいたくない。
 これ以上彼女に触れられていたら、とうに潰えた希望を、空々しく信じてしまいたくなる。
 そんなものはない。
 僕は日高を殺して、日高に殺されたあの頃の僕に戻って、死ぬ。
 それだけなんだ。


[8]前話 [9] 最初 [1]後書き [2]次話


※小説と話の評価する場合はログインしてください。
[5]違反報告を行う
[6]しおりをはさむしおりを挿む
しおりを解除しおりを解除

[7]小説案内ページ

[0]目次に戻る

TOPに戻る


暁 〜小説投稿サイト〜
利用規約/プライバシーポリシー
利用マニュアル/ヘルプ/ガイドライン
お問い合わせ

2024 肥前のポチ