T シグナル・アロー (1)
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いつだって僕は誰かに踊らされている。あの女然り、さっきの白い魔女然り。
選択肢は常に一方的に与えられる。今だってそうだ。こんな道があるなら何故もっと早く示してくれなかったんだ。
あんまりだろう。自分を捨てて「彼」になりきって生きてきた僕に、今さら僕自身として生きろだなんて。
日本は東京、渋谷のスクランブル交差点のど真ん中に、彼女は突っ立っていた。
栗毛で小柄な、女性と呼ぶにはさしつかえがあり、しかし少女と呼ぶには成熟している容姿。90年代のファッションの彼女は、ファッショナブルな女性が大勢闊歩する交差点の中でひどく浮いて見えた。
すでに青信号が点滅しているにも関わらず彼女はきょろきょろと首を巡らせるばかりで動き出さない。
僕は走って行って彼女の手を取った。「うえ!?」とすっとんきょうな声を上げる彼女に構わず、僕は彼女を歩道まで連れ出した。交差点の中では、信号が変わり、歩行者の代わりに自動車が行き交い始めていた。
そこで僕はようやく彼女の顔をまともに見た。
作り自体は飛び抜けて美女じゃない。童顔というんだろう――ただ、どこかで見たような顔だと思った。
何はともあれこれは寄り道だ。さっさと帰らないと。
僕が手を離すと同時に彼女が顔を上げて、その顔がぱっと輝いた。
「ナル!」
――今、彼女は何て言った?
内心動揺して、ともかくと歩き出した。
馬鹿か。何故そう呼んだのか彼女を問い質すべきだろう。
いや、これでいいんだ。どうせ何かの間違いだ。知りもしない人間が因縁が詰まった僕のニックネームを呼べるわけがない。
「ナル、待って。先行くなーっ」
ふり返る。彼女は僕に追いついて、憤慨もあらわに両手を脇腹に当てて仁王立ち。どうやらさっきのは聞き間違いでも勘違いでもなかったらしい。
なんてこった。「ナル」は確かに僕の名前なんだけれど、同時に僕にとって大切だった人の名でもあるんだ。それをどうして見ず知らずの女性が口にするんだよ。
僕は自身の疑念と彼女の誤解の解消を求めて、混乱をなんとか定型句に直して口にしてみた。
「何故、初対面のあなたが僕のニックネームを知っているんですか?」
二月の寒さとはまた違う因によって、彼女は蒼白になった。
「何、……言ってんの? 初対面じゃないでしょ。あたしが分かんないの? さっき助けてくれたじゃないっ」
「あんな場所で突っ立っていたら、色々と危ないから声をかけただけですよ」
「そんな……ふざけてるの?」
ふざけてなんかいない。真剣だ。でも、縋るように見上げてくる彼女を無碍にはしたくなくて、表情には出さないまま途方に暮れていると――
僕にしか分からない、あの、視線が、気配が、僕を拘束した。
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