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作家
第一章
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らがら逃げて来た人達がいたのだ。作家は彼等の噂も知っていたのだ。当時のマスコミや知識人はあえてそれを無視していたのである。それは何故か。『平和勢力』である彼等が悪事をしていたとなればそれに同調する当時のマスコミや知識人の一部に都合が悪いからだ。戦後の日本はマスコミや知識人が人類史上最悪と言っていい程腐敗していたがそれはこの時からだったのだ。
「それでどうしてあんな記事が書けるのか。僕は神経を疑うよ」
「それまではやたらと戦争を支持していたのに」
「僕はこのことは忘れないよ」
 その憮然とした顔で語る。
「戦争を支持していた奴等が今反対していたと主張するのをね。何があっても忘れないよ」
「そうですか」
「戦争を支持していて何が悪いんだ」
 そこをまた言う。
「親について行くのは道理だ。負けるとわかっていても親を見捨てる方がおかしい。そうじゃないのかい?」
「そうした考えは今は」
「ないね」
 また忌々しげに一言で言い捨てた。
「これからもっとなくなるよ」
「もっとですか」
「それに最近何か共産主義とかどうとか五月蝿いね」
 そちらに話を戻す。
「何かキリストの福音みたいに言っているけれど」
「そうですね。さっき話したあの雑誌といいあの新聞といい」
「共産主義はね、そんなものじゃないよ」
 彼は共産主義について何かを知っているようであった。
「平和になるとか幸福になれるとか。そんなのは全くの嘘っぱちさ」
「そういえば先生は」
「うん」
 ここまで言ったうえで編集者の言葉に頷くのであった。
「そうさ。昔はそれに賛同していたよ」
「それでどうして今」
「賛同していたからわかるんだ」
 言葉が逆算的なものになった。
「余計にね。あの時僕は若かった」
「ですか」
「今でも愚かだけれど。それでもあの時にわかったんだ」
 また言うのだった。
「あの思想はね、人を殺す」
「殺しますか」
「君ね、世の中ってのは奇麗なものじゃないんだ」
 作家は今度は達観したようなことを口にした。
「完全に奇麗になるものでもないんだ。醜いものだって一杯あるよ」
「それはそうですね」
 哲学的な言葉だった。この編集者はそっちにも造詣があるのだろう。作家の今の言葉にはしきりに頷いていた。

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