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王道を走れば:幻想にて
第五章、その3の1:影走る
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 夜の山道に清涼な蟲のさえずりと、合点がいった老人のような梟の声が響く。風もない静かな夜。月光も星光も仄暗い。青々とかつ鬱蒼と茂った草木によってすべての音が隠されているかのようだ。遠くの農家に見える獣避けの篝火くらいしか頼りになる明かりがなく、それとて小粒程度の大きさであった。
 帝国領北ベイル州。『紅牙大陸』の西方に君臨する神聖マイン帝国の北部を治める州である。険しい山岳地帯や針葉樹林帯をカバーし、長年帝国の未知なる希望が詰まった土地だといわれてきた。その実態は官吏のいう事とは真逆だ。州の北半分は未だに未開発で、南部および西部の一部地域のみに人口が寄り集まり産業を展開している。北に行けば行くほど、『白の峰』から振り下ろされる冷気の影響を受けやすく、居住地を選ばぬ獣以外は寄り集まらないのであった。
 闇夜を縫って影が走った。梟が驚いて声を潜め、ドーナツのような丸い瞳が影の正体を見抜いた。それは人影であったのだ。北ベイル州の最北端の村からも遠いこの場所で見かけるくらいだ。碌でもない性質の人間なのだろうといわんばかりに、梟は影を凝視し、後ろ姿が闇に消えたのを見計らってまた声を出し始めた。 
 人影は狼もかくやといわんばかりの速さで、木々の陰を選ぶように進んでいく。不意にその足が遅くなり、影は慎重に歩み始めた。『ガタガタ』と、奥の山道に広まっていた静けさが破られたのだ。それは木箱が揺れるような音に似ていた。
 影がゆらりと足を進めていくと、何もない夜に明瞭な人声が響く。「次だ、次!」。何かを煽り立てているようであった。更に近付いくと馬の嘶きと、焦ったような人の声が聞こえてくる。

「うわぁっと!?お、おい、落ち着け!」
「よし、これも大丈夫と....おいそこ!馬をそんなに乱暴に引くな」
「すみません。こいつ、なんか急に怯えだして」
「そいつは元からそうだ!そういう時は鼻を撫でてやれ。とにかく落ち着かせるんだ」

 草むらの闇に隠れて、複数の男達が馬車から馬車へと何かに運んでいた。そこは別の山道との合流地点である。といってもたまにハンターが使うくらいの寂しい場所でしかないのだが、今はどういう訳か、ハンターよりも人相の悪い者達が占有している。腰にぶら下がった剣が男達の雰囲気を邪悪なものとさせていた。
 馬車の陰から二人の男が現れ、草葉の人影は目をじっと凝らした。松明の火が二人の顔を照らす。一人は中年太りの不健康そうな商人で、もう一人は近辺の村に居を構えている若い貴族であった。

「これで大丈夫だ。商談成立」
「いい取引だった。手に入れるのには苦労しただろう」
「いんやいや、生臭い神官にはな、ちょっとイイ女を差し出してやりゃいいんだ。それだけでうまい具合に落とせる」
「小賢しい商人め。まあいい。こいつがなければ研究もうまくい
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